#16 あなたがウォーズリーさん? [3]
文字数 2,656文字
……それじゃ、伯父さま……、ウォーズリーさんが亡くなってからは、あなたが書いていたのね。
ああ。タイプライターだから、筆跡を疑われることはないだろうって。いい加減なところがあるんだよ、あの人。
ふふふ。私はたまたま筆跡が似てたから、おばあさまになりきって書くだけだったわ。だけど、心のどこかでウォーズリーさんに対しての後ろめたさはあったわ。この5年間、おばあさまの頼みとはいえ、ウォーズリーさんを騙してるようで心苦しかった。
俺もそうさ。あの絵が出来上がったら、すべてを打ち明けようって心に決めていたんだ。
ああ、君も知ってるだろう。
(畳箱から絵を取り出す)
※畳箱…額縁や図面などを収めるための箱のこと
ああ、伯父がずっと描きたかった絵だ。前にも言ったかもしれないが、伯父は画家志望で、出征前に君のおばあさんに絵を贈ろうとしていた。“いつか、ふたりで住む家のために”ってね。
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『今までは好きなことしてろって言われてたけど、エルヴィン兄さんが婿に入っちゃっただろ? 絵は趣味にして、家業を継げって父さんに言われてさ……』
『あなたが牧場を? そんな……、おじさまも勝手だわ。だけど、あなたには才能があるわ。だって、毎年、絵のコンクールには入賞してたし、今年は念願の最優秀賞を受賞! あなたの絵を購入したいって言う人も現れたのよ。これからだっていうときに、そんな簡単に夢をあきらめられるわけ?』
『……レイラ、エルヴィン兄さんのところに赤紙が来たらしい』
『いや……、君の言うとおり、簡単に夢はあきらめられないな。そうだ! いつか、ふたりで住む家のために、ぱあっと明るい絵でも描こうか?』
『ホント⁉ なにがいいかしら? いつか増えるであろう子供や孫、私たちがおじいちゃんやおばあちゃんになってからも、なつかしいって思えるような絵を飾りたいわ!』
『そうね、この町のシンボルといえば丘の上の古城よね。あの古城を取り囲むかのように咲く、色とりどりの花! あの風景を額縁に入れて、食卓を囲む、みんなが集まる部屋に飾ってあったら素敵だと思わない?』
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……そう、“約束していたもの”って、このことだったのね。おじいちゃんやおばあちゃんになってからも……。この絵には、そういった思いが込められているのね。とても素敵だわ。
君は伯父に覚られることなく、見事にレイラ・ドリス・マクレーンを演じきったかもしれないが、俺は伯父との約束を最後まで果たせなかった。できることなら、君のおばあさんが生きている間に、この絵を渡したかった。
そうね、きっとこの絵を見たら、とても喜んだと思うの。……でも、安心して。私がその思いを引き継ぐわ。いつか……、いつか私が結婚して子供を生んだとき、その子供や孫たちに、私のおばあさまとあなたの伯父さまが、この絵に込めた思いについて話すわ。それでね、壁に掛けられた絵を指して、おばあちゃんになった私がこう言うの。“実はふたりは結婚を誓い合った仲なんですって”って。なんだか、とてもロマンチックじゃない?
エスター、君は本当にエスター・ジェナ・マクレーンなのかい? 今、目の前にいる君が、レイラ・ドリス・マクレーン本人なんじゃないのかい?
ふふふ。私はエスター・ジェナ・マクレーンよ。カメラマンになることを夢見てる、カメラを持つとまわりが見えなくなってしまう、あのエスター・ジェナ・マクレーン。実を言うとね、あの日……、私がおばあさまになるって決めたときから、手紙を通じてウォーズリーさんに恋をしていたの。ウォーズリーさんとのことは、おばあさまから聞いていたし、それにおばあさまを近くで見ていた私だからこそ、そう思うのは自然なことなのよ。
俺も手紙を通じて、レイラ・ドリス・マクレーンという女性に恋をしていた。……でも、正直複雑だった。彼女なりに理由があったにしろ、別の男性と結婚をしてしまった彼女のことを長年許すことができなかった。俺も、伯父のことを近くで見ていたからね。もう手の届かない彼女のことを思って、キャンバスの前で筆を握っていた伯父がとても痛々しかった。戦争のせいで、家も家族も婚約者も失い、右手を負傷したせいで画家になる夢も途絶えてしまった。彼女との約束を果たすために、伯父は左手に賭けたんだ。
……だけど、思うように描けなかった。だから、あなたに託したのね。
ああ。でも、伯父に懇願されても、なかなか筆を執る気になれなかった。俺の心を動かしたのは、レイラ・ドリス・マクレーン……、つまり君だよ、エスター。
俺が“ルーファス・クライヴ・ウォーズリー”として、伯父のかつての婚約者と接触するようになってから、レイラ・ドリス・マクレーンがどんな女性なのか、会ってみたくてしかたがなかった。だから、伯父の遺志を継いで絵を描こうと、今まで足が向かなかった北部へ行こうと思ったんだ。これで、俺も君も目的を果たせたわけだし、ここで一度ピリオドを打たないかい?
俺たちの使命は終わったんだ。レイラ・ドリス・マクレーンも、ルーファス・クライヴ・ウォーズリーも亡くなっていると知った今、お互いにもう偽る必要はないだろう。
……ええ、そうね。確かに、あなたの言うとおりだわ。だけど……、なんて言ったらいいのかしら。始まりがあれば終わりがあるっていうけど、いざそのときを迎えると寂しい気持ちになるものなのね。
エスター、俺はね、今度は君と……。レイラ・ドリス・マクレーンとしての君とではなく、エスター・ジェナ・マクレーン本人と会話がしたいんだ。
私も、あなたのことが知りたいわ。本来のあなたと。あなた自身の言葉で。
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