皆様、本日はお忙しいところお集まりいただき、誠にありがとうございます。古城ホテルを開業して早5年、北部という地もあって幾多の困難もありましたが、事業に成功出来ましたのも、これもひとえに皆様のご協力のおかげと感謝いたします。
そんな堅苦しい挨拶はいいからよ、とっとと乾杯といこーぜ!
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うん! おばちゃんのおなかも、また大きくなったね。早く生まれてきてくれないかなぁ、アニエス、お姉ちゃんになりたい。
アニエスのために、もうひとり作ろうか。俺は何人でもいいけど。
(エスターの耳元でささやく)
ルイーズさん! ルイーズ夫人も! 遠いところお越しいただき、ありがとうございます。お二方にはゆっくりとお過ごしいただけるようなお部屋を用意しております。せっかく来たのですから、北部を是非ご堪能ください。ここ数年で商業施設が続々とオープンしておりますので、ショッピングを楽しまれたり、また自然豊かな北部を散策するのも良いですよ。
そうだな、我々は隠居の身。ご厚意に甘えて、ゆっくりとしていくか。
ええ、そうね。最後にこんな大掛かりな仕事をくれたこと、とても感謝してるのよ。
いいえ、ここをホテルにと案をくれたのは、お孫さんのアビゲイルさんなのですよ。それに、彼女の出した写真集のおかげでSNSで話題を呼び、廃れていた北部の地が息を吹き返しつつあります。亡くなった伯父も、妻の祖母も望んでいたことですし、ルイーズ様をはじめ、皆様には感謝しております。
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『旦那様っ! 今、ホテルから連絡がありまして、ルイーズ様が“支配人じゃ話にならないから、責任者を出せ!”と怒っているようです。どうやら、ダブルブッキングしてしまったようで』
『どういうこと!? 最上階の角部屋は毎年押さえておくように言ってあったじゃない。創業時からずっと、結婚記念日はあのコーナースイートなのよっ!』
『大変申し訳ございません。すぐにでも別の部屋を……!』
『別の部屋ですって? この私を誰だと思ってるの、ルイーズよ。しかも、このスタンフォード・ホテルの内装を手掛けたルイーズ建設の創業者の娘よ!』
『もうよさないか、こちらさんだって謝ってる。間違いは誰にだってあるさ』
『ルイーズ様ご夫妻! この度はこちらの不手際でご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます』
『はあ、これだから代替わりすると――――』
『こら、よさないか。悪いね、ライナス君。妻は、あの部屋から見る、夜の金色に輝く高層ビル群を見渡しながらワインを飲むことを楽しみにしててね……』
『でしたら、当ホテル最大の広さを誇る、コーナースイートをご用意いたします。毎年、ルイーズ様が宿泊されていたお部屋の反対側に位置する、海に面した静かな部屋です。夜は窓いっぱいに広がる摩天楼のきらめきと、朝は水面に日が差し込む美しい姿を一望できる絶景スイート、きっとご満足していただけるはず!』
『ルイーズ様ご夫妻に笑顔で帰っていただけるよう、スタッフ一同、尽力に努めますので、どうかお怒りをお鎮めください。二度とこのようなことが起こらぬよう管理、指導を徹底していく所存でございますので』
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(上客のルイーズ様。創業時からの古い顧客で、毎年の結婚記念日には最上階の角部屋に宿泊される。さらに、このホテルの内装を手掛けた建築業のプロフェッショナルで、失礼のないよう言われ続けてきた。顧客情報、夫のチェスター・ルイーズ氏は、内装リフォーム、水回りリフォーム、外壁塗装といった各種住宅リフォームを得意とする。妻のブリジット・ルイーズ夫人は、インテリアデザイナーでこれまでに多くの古城の内装デザインに携わり、実績あり————)
『おはよう、ライナス君。君が言ったように、昨夜はきらめく摩天楼の下でワインを楽しめたよ。それに今朝は……、妻を見ればわかるように素晴らしい朝を迎えられた』
『ほんと、素敵だわ。朝陽に光る水面を眺めながら朝食だなんて』
『お気に召していただき光栄でございます。これから、どこかお出かけですか?』
『そんなの決まってるじゃない。ライナスさんを追いかけてきたの!』
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