第2話 なにもの

文字数 1,253文字

 廊下から生徒指導室に入り、ミイナはもう1つの出口、というか入り口を見る。
 引き戸のガラス部分の貼り紙は、4つの(すみ)にセロハンテープを貼って固定されている。

 『文芸部』

 昨日、金髪の北川(きたがわ)輝羅(きら)が言った通り、この先の空間は文芸部のようだ。まだこの高校に入って2か月しか経っていないため、こんな隠し部屋のような場所があるとは知らなかった。
 なぜか今日も顔を出すように言われた。部活に所属しておらず、一緒に帰るような友達もいないミイナには、断る真っ当な理由がなかった。

 引き戸をカラカラと開き、中に入ると、輝羅と、あと2人が座っていた。

「来たわね下村ミイナ。待ってたわよ」

 6限が終わってすぐに来たのに、どうして待たれていたのだろうか。
 2年生は5限までだったのか? それとも単に表現の問題か。

「さあさあ、こっちで昨日の再現をしてよ。時間はたっぷりあるんだから」

 ミイナの視線に気付いたのか、輝羅が(うなず)いて2人の紹介をする。

「こっちは篠崎(しのざき)萌絵奈(もえな)。あっちは奥山(おくやま)霧子(きりこ)。ふたりとも私と同じ2年生よ。あなたの先輩」

 萌絵奈は巻き髪で幼な顔、縁の細い丸眼鏡をかけている。霧子は天然パーマのショートヘア、端正な顔つきをしている。それぞれ、ミイナに笑顔で話しかける。

「萌絵奈って呼んでね、ミイナちゃん」
「霧のように存在感のない子で、霧子です。よろしく」

 霧子さんの名前は絶対そんな意味じゃないと思いつつ、ミイナも挨拶をする。

「下村ミイナです。中学では、もっさんって呼ばれてました」

 大爆笑された。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「9階に行くまでに、弱体化のポーションをできるだけ取っておいて……」

 昨日の再現をしようと、試行錯誤していく。
 半分寝ていたから、うろ覚えだ。確か一番難しい9階に備えて、必要なアイテムを温存して進んだ気がした。

「弱体化されたって、アレキサンダーは固定ダメージの範囲攻撃をするのよね。自分で作っておいてなんだけど、クソゲーだわ、これ」
「範囲攻撃は、これで防げますよ」

 ミイナはマウスカーソルでアイテムを指す。

「ミスリルシールドじゃない。装備しても、そんなに防御力は上がらないはず」
「これ、『使う』ができるんですよ。3ターンだけ固定ダメージを減らせるんです」

 輝羅の顔が青ざめると同時に、唇がワナワナと震える。

「こ……これ、バグだわ。プログラムミスよ」

 彼女はデスクに(ひたい)をくっつけるように項垂(うなだ)れ、しばらく沈黙した。

「あの、大丈夫ですか?」
「フフフ……」

 輝羅は急に立ち上がり、犬歯が丸見えになるほどの大口を開けて笑う。

「ハーッハッハッハ!」

 なんだコイツやばいぞ、そう思ってミイナは逃げるための心の準備をする。

「ハァ……。下村ミイナ。あなた、デバッグの才能があるわ」

 落ち着きを取り戻した輝羅が、ミイナの肩を(つか)み、真剣な顔で言う。

「この文芸部で、私とゲームを作りましょう。最高のゲームを作るのよ!」

 一瞬の沈黙、そしてミイナが(つぶや)く。

「嫌です」

 ミイナは引き戸の向こうへ瞬間移動の如きスピードで動き、ピシャリと戸を閉めた。
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