第28話 冬のデスマーチ

文字数 1,995文字

 ミイナが窓を開けると、ひとひらの雪が舞い降り、部室のデスクに落ちて水滴に変化した。

「今年は早いね。いつもだとクリスマスの頃に、ホワイトクリスマスになるかな、なんて言ってるのに」

 ミイナは、目を充血させてディスプレイに向かう輝羅に話しかけた。
 キーボードをタタターンッと勢い良く叩き、輝羅はミイナの方を向く。その(ひたい)には、冷えるジェルシートが貼られていた。

「クリスマスがホワイトクリスマスだろうと土砂降りの雨だろうと、その日には成果物をプロフェッサーに渡す必要があるの。季節の移り変わりを読者に説明してる暇なんてないわよ。早くデバッグを進めてちょうだい」
「はいはい、ちょっと休憩してただけですよーだ」

 ミイナは窓を閉め、コントローラーを握り、テストプレイの続きをする。
 ステージを進めると、萌絵奈(もえな)の描いた淡いパステル調のイラストとセリフ、霧子(きりこ)お手製の優しいBGMが再生された。
 セリフもストーリーも萌絵奈が考えた。
 おもちゃの国に迷い込んだ主人公が、たくさんの依頼人に落とし物を届けながら、元の世界に戻るための方法を探す。もう、サウナのサの字も無い。本当に良かった。

 萌絵奈と霧子が部室に入ってくる。

「高島が、もう冬だから、あんまり長く部室使わないでって言ってたわよ」

 萌絵奈がすごく嫌そうに言った。敬称! 敬称忘れてる!

「そういえば、いつも帰りは学校に誰もいませんね。冬時間で早く帰ってたのか。よく今まで何も言われなかったなぁ」

 霧子が何か思い出したようにミイナに言う。

「全然、話は変わるんだけど。ミイナちゃん、クリスマスイブは何か用事ある? ゲームが出来上がってたら、ウチのジャズコンサートに招待したいな」
「あー、その日は……」

 ミイナは輝羅を見る。視線に気付いた彼女は、ミイナを(にら)んで首を横に振る。

「霧子さん、ホントにゴメンなさい。その日は最後の追い込みのために、輝羅の家で夜まで作業するんです」
「なんだ、残念。じゃあ、また新年のライブに誘うよ。私、さらに腕に磨きがかかったんだから」
「それは是非(ぜひ)。楽しみにしてますね」

 史緒里(しおり)が部室に入ってくる。
 それを見た萌絵奈が、部室に集まった(みんな)を見回して言う。

「なんか、全員揃うの久しぶりじゃない? もしかして、最終回?」

 まだです。もうちょっとだけ続くのじゃ。

「霧子さん。ボクの仕事はもう終わってますから、そのクリスマスイブのジャズコンサート行きたいです。……ボクじゃ駄目ですか?」
「ウェルカム、ウェルカムだよ。後ろの方でずっと寝てるでもなきゃ、是非(ぜひ)ともお越しくださいな」

 萌絵奈と輝羅が目を()らす。この人たちにも一応、罪悪感のようなものがあったということか。

 輝羅がデバッグの進行表をプリントアウトする。それをミイナが(みんな)に配り、指示を出す。
 萌絵奈には特にイラストの遷移のタイミングや、セリフの誤字脱字が無いかを確認してもらい、霧子には、BGMの入るタイミングや、おかしなところで音が切れてないかを確認してもらう。
 史緒里には、通しプレイでキャラクターのモデリングやボーンの動きに問題が無いかを確認してもらう。まだ修正はできるから、気になるところは書き出してもらうよう伝えた。

「って、問題があったら直すのもボクじゃないか」
「まあそうなるかな。まだ修正はきくから頑張って!」
流石(さすが)、君はなかなか厳しいプロデューサーになってきたね」

 ニコニコしながら働かせる気満々のミイナに、史緒里が少したじろぐ。
 ゲーム画面を眺めたままで、萌絵奈がミイナに尋ねる。

「ミイナちゃん、期日までに間に合いそうなの?」
「今の進捗なら、あと1週間で全部のチェックが終わります。変なバグとか出なければ、ですけど。だからクリスマスイブには、あたしと輝羅で最終チェックをして、クリスマスに高島先生にDVD-Rを渡して終わりって感じですね」

 萌絵奈は溜息を()く。

「じゃあ、私も霧子も、今回が最後の出演ってことね。寂しくなるわね」

 霧子が驚いた顔をする。

「そうなの?! じゃあ、最後は何を言おうかなぁ」

 輝羅が呆れたようにふたりに言う。

「はいはい。じゃあ、霧子さん。最後に何か、どうぞ」
「えと、私はベースを極めたいと思います。実は他の高校の子から、バンドに入らないかって誘われてるんだよね。日本武道館、目指そうかなって思ってます」
「はい、おめでとう。じゃあ、次。萌絵奈さん、どうぞ」
「私は美大に進学して、夢を叶えるわ。ちょっと遠回りしたけど、今の経験もきっといずれは大きな財産になると思ってる。この学校に来て、輝羅と、霧子と、ミイナちゃん、史緒里ちゃんと過ごせて、本当に良かった」

 ミイナは拍手する。つられて、史緒里も拍手した。
 音が鳴り()むと、輝羅が立ち上がる。

「よーし、じゃあ、作業再開! 絶対にクリスマスに間に合わせるわよ!」

 (みんな)が笑顔で、大きな声で返事をする。

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