第17話 ホワイトボードが役に立つ
文字数 3,352文字
3Dの地平に、黄色のヒヨコと青色のヒヨコを置く。
コリジョン(当たり判定)の設定を忘れていた青色のヒヨコが、平面を通り過ぎて画面外に落ちていった。
「やっぱり3Dは難しいね。オブジェクトを置くだけでもう1時間くらいかかってるよ」
ミイナの声に反応して、スマホから輝羅 の声が再生される。
「慣れれば簡単に出来るようになるわ。アクションさせるなら、3Dの方が処理の設定をするだけだから楽なのよ」
「まあ、まだこの本の3分の1くらいしか進んでないから、頑張ってみるよ」
「明日はアイデア発表会ね。ちゃんと考えはまとめておくこと」
「分かってるよ。そっちこそ、実は何も考えてないとか、そんなことはないでしょうね」
「フフフ。私を見くびってもらっては困るわね。完璧よ」
ミイナは時計を見る。すでに午前1時を回っていた。もう金曜日は明日じゃなくて今日だった。
「もう遅いから、切るね。じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみー」
ノートにたくさん描いた、落書きのようなアイデアを確認する。どれを使うか、ぎりぎりまで悩むことになりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
6時間目の授業が終わり、平日の学業から解放された安心感と、今から部室で発表会が行なわれることへの緊張感がごった煮になる。
少し鼓動を早めながら部室に入ると、まだ部室には霧子 しかいなかった。
「霧子さん、他の2人はまだですか」
「なんか、職員室に寄ってから来るんだってさ」
「そうですか。ところで、霧子さんもアイデア、発表するんですか?」
「そうね。一応、考えてみたから、言ってみるつもりよ」
霧子が柔らかい笑顔を作り、ミイナに寄って来る。
「ねえ、輝羅のこと、ありがとうね」
「どうしたんですか、改 まってそんなこと」
「いやー、なかなかミイナちゃんとふたりで話すタイミングがなくて。いつも輝羅と一緒だから」
「そうですかね。……いや、そうかも。霧子さんとふたりって、ジャズの演奏聴きに行って以来かも」
「ライブならいつでもおいでよ。輝羅……は寝ちゃうか」
笑って話していると、輝羅と萌絵奈 が引き戸を開けて入って来た。
「プロフェッサーはやっぱり頭が固いわね」
「んだ、んだ。まっだく今の若いもんはなっとらん」
萌絵奈のキャラが壊れている。高島先生と話したからだろうか。
「何の話だったの?」
「コンテストに応募するなら、部活の名前を変えた方が良 いって話。文芸部がゲーム作って何の問題があるのよ」
はい、高島先生、正解。
ミイナは当たり前の提案をしてみる。
「コンピュータ部とかじゃダメなのかな」
「それだと、レザークラフトをしたり、ベースを弾くのがNGになっちゃうでしょ。関係ないんだから」
まるで文芸部だと関係があるみたいに言うじゃないか。さてはコイツ、アホだな。
「ミイナちゃん、レザークラフトはブックカバーを作る可能性があるし、アコースティックベースは本を読む時のBGMとしてぎりぎり許されるんじゃないかと思うの」
「いや、思わ……」
「それに、何の部活してるのって聞かれて、文芸部って言うと、ああ、文芸部なんだなってなるじゃない」
ならコンピュータ部でも、ああコンピュータ部なんだなって……。
この人たちはなぜ頑 なに文芸部という名前を使いたがるんだろうか。絶対にこの謎を解いてやる!
「それは実際にエントリーする時に考えましょ。さっさと発表会、始めましょうか」
輝羅がそう言いながら、ホワイトボードに「発表会」と書く。
そのタイミングで、引き戸が少し開けられ、以前見た3年の男子と、知らない男子が顔だけ出す。おそらく生徒会の人たちだ。
「あの、文化祭が終わったんだから、ホワイトボードを返してもらえませんか」
輝羅が溜息を吐 いて、答える。
「もうしばらく必要だから、そうね、あと2週間くらい経ったら返してあげる」
「ええ……。こっちも今、必要なんだけどな」
「あの、お姉ちゃんが、北川さんを説得できたらいいよって言ってたんだけど」
霧子が男子を見て声を上げる。
「紅林 くん。輝羅を説得するのは、今の君には無理だよ。大人しく2週間待ったら?」
「げ、奥山さんもいたの? この部活、すごいメンツだね。分かったよ。また2週間後に来るから」
男子2人は引き戸を閉めて去って行った。この人たち、2年生の中でどんな立ち位置なんだろうか。なんとなく分かる気もするけど。
「さて、無駄なやり取りも終わったことだし、発表会、するわよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
唯一の後輩であるミイナが、最初に発表することになった。
ホワイトボードの前に立ち、皆 を見回して話し始める。
「えっと、あたしは2人で遊べるアクションゲームを考えました」
ホワイトボードに画面のイメージを書き込んでいく。それぞれが1体ずつキャラクターを操作して、タイミングを合わせて同時にボタンを押したり、特定の場所に移動したりして、協力してステージを進んでいくというシステムだ。
「通信で、離れたところでも一緒に遊べるようにしたいと思ってます。まだ具体的にアイデアを詰めたわけじゃないですけど、3か月でなんとかできるような気がします」
3人がぱらぱらと拍手した。
輝羅が萌絵奈に次の発表を促 す。
「ミイナちゃん、これ、消しちゃってもいいかな」
「いいですよ。あたしが消します」
ミイナがホワイトボードの落書きを消すと、萌絵奈は自分のアイデアを描き始めた。やはり絵がとんでもなく上手い。
「私はゲームはからっきしだから、自分が遊びたいものを考えたわ」
彼女が描いたイメージ図は、筋骨隆々な男たちがサウナに入っているように見えた。発表会中は余計な発言をしないつもりだが、すでにツッコミを入れたくなる絵である。
「この人たちをのぼせさせたら、得点が入るの。つまりプレイヤーはサウナの神なのよ。急に室温を上げたり、風を吹かせたり、扉を開けられないようにして、どんどんのぼせさせていくことで、どれだけの得点を稼げるかが決まるってこと」
ってこと……と言われても、扉閉めたら死にますやん。
イメージ画は中世の絵画みたいでとてつもなくカッコいいのに、内容の意味が分からない。
輝羅が冷静に拍手を送る。つられてミイナも霧子も拍手する。
「次、霧子。どうぞ」
「この絵、消すの勿体 無いね」
「いいよ、適当に描いただけだから」
萌絵奈がホワイトボードに描かれた日展に出せそうな絵を消していった。
「じゃあ、私はやっぱり音ゲーだな。私がプログラムするわけじゃないから、他力本願で申し訳ないけど」
そう言って、四角を大きく描いて、十字も描いて画面を四分割する。
「ボーカル、ギター、ドラム、ベースのパートそれぞれを、1人ずつがタイミング良くボタンとか押して、1曲を4人で遊ぶって感じ? 4人協力プレイっていうのかな」
おおー、そうきたか。ひとりでやる音ゲーを別パートで4人同時に……。ジャズバンドに参加してる霧子っぽいアイデアだ。これも通信が必要になりそうだけど、4人同時とか出来るのかな。
「まあ、とりあえずそれくらいしか考えてないよ。なにせ、自分で作れないからね」
ミイナが拍手すると、輝羅も萌絵奈もそれに続いた。
輝羅がゆっくりと、強キャラ感を出しながらホワイトボードに向かう。霧子が描いた落書きを無言で消し、新たなイメージ像を描いていく。
「おもちゃとお菓子の世界を冒険するパズルゲームね。パステル調で、ブロックを移動させて積み上げたり、ブリキで出来たおもちゃの敵キャラを避けたりしながら、ゴールを目指すの。最初は1ステージ2、3分くらいで、ステージが進むごとにやれることが増えていくタイプのゲームよ」
イメージの横に、具体的な情報を書き込んでいく。かなり仕様を作り込んでいるようだ。おそらく、昨日今日考えたのではなく、実際にある程度作っていたものなのだろう。
「これだとありきたりだから、作るんだったら、あと何かスパイス、隠し味みたいなのが欲しいところね」
3人が拍手をする。心なしか、全員の拍手が今までで一番大きい。
通信を必要としない、スタンドアロンのゲーム。多分、輝羅のアイデアのストックから確実に3か月で出来上がりそうなものを選んだのだろう。
「結果は次回ね。揉 めると字数が増えすぎるわ」
だからお前は何目線なんだ。
コリジョン(当たり判定)の設定を忘れていた青色のヒヨコが、平面を通り過ぎて画面外に落ちていった。
「やっぱり3Dは難しいね。オブジェクトを置くだけでもう1時間くらいかかってるよ」
ミイナの声に反応して、スマホから
「慣れれば簡単に出来るようになるわ。アクションさせるなら、3Dの方が処理の設定をするだけだから楽なのよ」
「まあ、まだこの本の3分の1くらいしか進んでないから、頑張ってみるよ」
「明日はアイデア発表会ね。ちゃんと考えはまとめておくこと」
「分かってるよ。そっちこそ、実は何も考えてないとか、そんなことはないでしょうね」
「フフフ。私を見くびってもらっては困るわね。完璧よ」
ミイナは時計を見る。すでに午前1時を回っていた。もう金曜日は明日じゃなくて今日だった。
「もう遅いから、切るね。じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみー」
ノートにたくさん描いた、落書きのようなアイデアを確認する。どれを使うか、ぎりぎりまで悩むことになりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
6時間目の授業が終わり、平日の学業から解放された安心感と、今から部室で発表会が行なわれることへの緊張感がごった煮になる。
少し鼓動を早めながら部室に入ると、まだ部室には
「霧子さん、他の2人はまだですか」
「なんか、職員室に寄ってから来るんだってさ」
「そうですか。ところで、霧子さんもアイデア、発表するんですか?」
「そうね。一応、考えてみたから、言ってみるつもりよ」
霧子が柔らかい笑顔を作り、ミイナに寄って来る。
「ねえ、輝羅のこと、ありがとうね」
「どうしたんですか、
「いやー、なかなかミイナちゃんとふたりで話すタイミングがなくて。いつも輝羅と一緒だから」
「そうですかね。……いや、そうかも。霧子さんとふたりって、ジャズの演奏聴きに行って以来かも」
「ライブならいつでもおいでよ。輝羅……は寝ちゃうか」
笑って話していると、輝羅と
「プロフェッサーはやっぱり頭が固いわね」
「んだ、んだ。まっだく今の若いもんはなっとらん」
萌絵奈のキャラが壊れている。高島先生と話したからだろうか。
「何の話だったの?」
「コンテストに応募するなら、部活の名前を変えた方が
はい、高島先生、正解。
ミイナは当たり前の提案をしてみる。
「コンピュータ部とかじゃダメなのかな」
「それだと、レザークラフトをしたり、ベースを弾くのがNGになっちゃうでしょ。関係ないんだから」
まるで文芸部だと関係があるみたいに言うじゃないか。さてはコイツ、アホだな。
「ミイナちゃん、レザークラフトはブックカバーを作る可能性があるし、アコースティックベースは本を読む時のBGMとしてぎりぎり許されるんじゃないかと思うの」
「いや、思わ……」
「それに、何の部活してるのって聞かれて、文芸部って言うと、ああ、文芸部なんだなってなるじゃない」
ならコンピュータ部でも、ああコンピュータ部なんだなって……。
この人たちはなぜ
「それは実際にエントリーする時に考えましょ。さっさと発表会、始めましょうか」
輝羅がそう言いながら、ホワイトボードに「発表会」と書く。
そのタイミングで、引き戸が少し開けられ、以前見た3年の男子と、知らない男子が顔だけ出す。おそらく生徒会の人たちだ。
「あの、文化祭が終わったんだから、ホワイトボードを返してもらえませんか」
輝羅が溜息を
「もうしばらく必要だから、そうね、あと2週間くらい経ったら返してあげる」
「ええ……。こっちも今、必要なんだけどな」
「あの、お姉ちゃんが、北川さんを説得できたらいいよって言ってたんだけど」
霧子が男子を見て声を上げる。
「
「げ、奥山さんもいたの? この部活、すごいメンツだね。分かったよ。また2週間後に来るから」
男子2人は引き戸を閉めて去って行った。この人たち、2年生の中でどんな立ち位置なんだろうか。なんとなく分かる気もするけど。
「さて、無駄なやり取りも終わったことだし、発表会、するわよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
唯一の後輩であるミイナが、最初に発表することになった。
ホワイトボードの前に立ち、
「えっと、あたしは2人で遊べるアクションゲームを考えました」
ホワイトボードに画面のイメージを書き込んでいく。それぞれが1体ずつキャラクターを操作して、タイミングを合わせて同時にボタンを押したり、特定の場所に移動したりして、協力してステージを進んでいくというシステムだ。
「通信で、離れたところでも一緒に遊べるようにしたいと思ってます。まだ具体的にアイデアを詰めたわけじゃないですけど、3か月でなんとかできるような気がします」
3人がぱらぱらと拍手した。
輝羅が萌絵奈に次の発表を
「ミイナちゃん、これ、消しちゃってもいいかな」
「いいですよ。あたしが消します」
ミイナがホワイトボードの落書きを消すと、萌絵奈は自分のアイデアを描き始めた。やはり絵がとんでもなく上手い。
「私はゲームはからっきしだから、自分が遊びたいものを考えたわ」
彼女が描いたイメージ図は、筋骨隆々な男たちがサウナに入っているように見えた。発表会中は余計な発言をしないつもりだが、すでにツッコミを入れたくなる絵である。
「この人たちをのぼせさせたら、得点が入るの。つまりプレイヤーはサウナの神なのよ。急に室温を上げたり、風を吹かせたり、扉を開けられないようにして、どんどんのぼせさせていくことで、どれだけの得点を稼げるかが決まるってこと」
ってこと……と言われても、扉閉めたら死にますやん。
イメージ画は中世の絵画みたいでとてつもなくカッコいいのに、内容の意味が分からない。
輝羅が冷静に拍手を送る。つられてミイナも霧子も拍手する。
「次、霧子。どうぞ」
「この絵、消すの
「いいよ、適当に描いただけだから」
萌絵奈がホワイトボードに描かれた日展に出せそうな絵を消していった。
「じゃあ、私はやっぱり音ゲーだな。私がプログラムするわけじゃないから、他力本願で申し訳ないけど」
そう言って、四角を大きく描いて、十字も描いて画面を四分割する。
「ボーカル、ギター、ドラム、ベースのパートそれぞれを、1人ずつがタイミング良くボタンとか押して、1曲を4人で遊ぶって感じ? 4人協力プレイっていうのかな」
おおー、そうきたか。ひとりでやる音ゲーを別パートで4人同時に……。ジャズバンドに参加してる霧子っぽいアイデアだ。これも通信が必要になりそうだけど、4人同時とか出来るのかな。
「まあ、とりあえずそれくらいしか考えてないよ。なにせ、自分で作れないからね」
ミイナが拍手すると、輝羅も萌絵奈もそれに続いた。
輝羅がゆっくりと、強キャラ感を出しながらホワイトボードに向かう。霧子が描いた落書きを無言で消し、新たなイメージ像を描いていく。
「おもちゃとお菓子の世界を冒険するパズルゲームね。パステル調で、ブロックを移動させて積み上げたり、ブリキで出来たおもちゃの敵キャラを避けたりしながら、ゴールを目指すの。最初は1ステージ2、3分くらいで、ステージが進むごとにやれることが増えていくタイプのゲームよ」
イメージの横に、具体的な情報を書き込んでいく。かなり仕様を作り込んでいるようだ。おそらく、昨日今日考えたのではなく、実際にある程度作っていたものなのだろう。
「これだとありきたりだから、作るんだったら、あと何かスパイス、隠し味みたいなのが欲しいところね」
3人が拍手をする。心なしか、全員の拍手が今までで一番大きい。
通信を必要としない、スタンドアロンのゲーム。多分、輝羅のアイデアのストックから確実に3か月で出来上がりそうなものを選んだのだろう。
「結果は次回ね。
だからお前は何目線なんだ。