第8話 たぶん、かぜ
文字数 2,235文字
ミイナはうんざりした表情でマウスを動かし、プログラムを実行した。
画面の中で、野球のボールみたいなグラフィックが勝手に動く。徐々に小さくなっていく画像に合わせるように、キャッチャーミットの画像を動かして、これだと思うタイミングでマウスをクリックする。「Gets!」となんだか一発芸のようなポップアップが表示された。
彼女はスマホの表層に指を滑らせ、メッセージアプリの中、輝羅 の名前の行にある通話ボタンをタップする。
「はいはーい。なぁに?」
「さっきのと今送ってきたプロジェクト、何が変わったんですか?」
「ボールの出所 の乱数の範囲を変えたのよ。ちょっと幅が出たでしょ」
ミイナは大きな溜息を吐 く。
「あのぉ、ちょっとした変更でプロジェクト送ってくるの、やめてもらっていいですか。変更点も分かんないからとりあえず更新してビルドして実行するのが、とーっても手間なんです」
「しょうがないでしょ。この開発環境、クラウド共有機能使うとお金がかかるんだから。学割もきかないし、無料版ならこうやって送るしかないんだもの」
「そういうことじゃなくて、そんなに進捗ないなら1日1回くらいで良いじゃないですか。頻繁にプロジェクトを送ってこないでくださいってことですよ」
電話の向こうで流れていたJポップが止まる。
「……だって、アイデア思いついたらすぐに見て欲しいから」
「メッセージで送ってくれれば読みますけど」
「やだ! ちゃんと実行して確認して欲しい!」
ミイナはドン引きする。この前、輝羅が優しい上級生に見えたのは幻想だったか。
「何回送られても、取り込むのは1日に1回にしますね。じゃ」
そう言ってさっさと通話を切る。
ひと呼吸すると、すぐに輝羅から着信があった。
「なんですか」
「下村ミイナ。あなたは私のことが嫌いなのでしょうか」
「大好きです。じゃ」
通話を切る。
パソコンでブラウザを開き、検索サイトで「サイコパス」と入力して検索してみる。
「少し当てはまるな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の6限が終わり、文芸部に顔を出すと、輝羅の姿が無かった。
「あのサイ……輝羅さんは?」
萌絵奈 はレザーに針を通しながら答える。
「風邪で休んでるわよ。珍しいよね。風邪なんて引かないと思ってた」
どういう意味だろうか……。まあ、ともかく今日は平和?
「あの人がいないと作業が進みませんね。今日は帰ろうかなぁ」
アコースティックベースで低音を響かせていた霧子 が、音を止める。
「じゃあ、みんなでお見舞いに行こうか」
「えっ、憑 るじゃないですか」
「漢字が違うけどね。本当に風邪かな、絶対に引かないタイプだと思うけど」
「だからそれはどういう……」
とりあえず、コンビニで適当にデザートを買って、萌絵奈の先導で輝羅の家に向かう。割と高級な住宅街の中に、彼女の家はあった。ちゃんと門があり、2世帯くらいが同居出来そうな、そこそこの大きさの家だ。
萌絵奈が呼び出しベルを押すと、カメラの下のスピーカーから掠 れた輝羅の声が再生された。
「あれ、みんなどうしたの? まさかお見舞い?」
「ミイナちゃんが心配そうにしてたからね」
「してませんね」
「仕方ないわねゲホッ。窓開けて換気して、消毒するからちょっと待ってて」
そういうところは常識的なのか。サイコパス検定の点数が悪い方に少し変わったな。
しばらく待っていると、オデコに冷えるシートを貼り付けてマスクをした輝羅が出て来た。
「どうぞ……ゲホッ」
多分、風邪。いや、どう見ても風邪である。
ミイナは彼女の家に入るのを躊躇 した。多分、入ったら風邪が感染 る。
「お邪魔しまーす」
「結構、綺麗ねぇ」
上級生のふたりはいたって普通に玄関を上がる。ミイナも今更逃げ出すわけにもいかず、ぎこちない動きで玄関を上がった。
「下村ミイナと、ゲホッ。霧子はゲホッ。初めてゲホッ」
「もう喋らないでください。空気が汚れます」
「ひどゲホッ」
輝羅の部屋は2階にあり、かなり広かった。4人が入ってカーペットの上に座っても、十分な余裕がある。ミイナはなるべく輝羅から離れて座った。
「昨日お風呂で考え事してたら、のぼせちゃってね。しばらく裸のまんま横になってたら風邪引いちゃったゲホッ」
「……もしかして、昨日の夜のこと、考えてたんですか」
「なんのこと? ゲームのアイデアがいっぱい浮かんできたから、どれを採用するか悩んでたのよ。全部は実装できないからゲホッ」
輝羅は何か思い出したように立ち、パソコンを操作し始めた。
「今日、暇だったからずっとプログラム組んでたんだけど、昨日からかなり変えたのよね。ちょっと見てよ」
「はぁ。……へー、キャラクターが靴を飛ばすグラフィック付けたんですね。これなら飛び出してくる物の出所 が予測できて良いかもです」
「でしょ、でしょ。原点回帰よ。元々は飛ばした靴をキャッチするってことだったんだから」
「輝羅さんが色んな物を飛ばしたいって言ったから、おかしくなったんですよ」
ああでもないこうでもないと騒ぐふたりを、萌絵奈と霧子はニヤニヤして眺める。
「仲良いわねぇ。まだ出会って3週間くらいしか経ってないのに」
「輝羅が私たちとちゃんと話すようになるのに、文芸部に入ってから半年くらいかかったよね」
「人に強気で接するくせに人見知りなのよ」
「どうでもいいけど、私たち、居る意味ある?」
見舞いのつもりが、ゲーム作りの会議の場所が変わっただけとなった。
ちなみに翌日、輝羅以外の3人は学校を休んだゲホッ。
画面の中で、野球のボールみたいなグラフィックが勝手に動く。徐々に小さくなっていく画像に合わせるように、キャッチャーミットの画像を動かして、これだと思うタイミングでマウスをクリックする。「Gets!」となんだか一発芸のようなポップアップが表示された。
彼女はスマホの表層に指を滑らせ、メッセージアプリの中、
「はいはーい。なぁに?」
「さっきのと今送ってきたプロジェクト、何が変わったんですか?」
「ボールの
ミイナは大きな溜息を
「あのぉ、ちょっとした変更でプロジェクト送ってくるの、やめてもらっていいですか。変更点も分かんないからとりあえず更新してビルドして実行するのが、とーっても手間なんです」
「しょうがないでしょ。この開発環境、クラウド共有機能使うとお金がかかるんだから。学割もきかないし、無料版ならこうやって送るしかないんだもの」
「そういうことじゃなくて、そんなに進捗ないなら1日1回くらいで良いじゃないですか。頻繁にプロジェクトを送ってこないでくださいってことですよ」
電話の向こうで流れていたJポップが止まる。
「……だって、アイデア思いついたらすぐに見て欲しいから」
「メッセージで送ってくれれば読みますけど」
「やだ! ちゃんと実行して確認して欲しい!」
ミイナはドン引きする。この前、輝羅が優しい上級生に見えたのは幻想だったか。
「何回送られても、取り込むのは1日に1回にしますね。じゃ」
そう言ってさっさと通話を切る。
ひと呼吸すると、すぐに輝羅から着信があった。
「なんですか」
「下村ミイナ。あなたは私のことが嫌いなのでしょうか」
「大好きです。じゃ」
通話を切る。
パソコンでブラウザを開き、検索サイトで「サイコパス」と入力して検索してみる。
「少し当てはまるな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の6限が終わり、文芸部に顔を出すと、輝羅の姿が無かった。
「あのサイ……輝羅さんは?」
「風邪で休んでるわよ。珍しいよね。風邪なんて引かないと思ってた」
どういう意味だろうか……。まあ、ともかく今日は平和?
「あの人がいないと作業が進みませんね。今日は帰ろうかなぁ」
アコースティックベースで低音を響かせていた
「じゃあ、みんなでお見舞いに行こうか」
「えっ、
「漢字が違うけどね。本当に風邪かな、絶対に引かないタイプだと思うけど」
「だからそれはどういう……」
とりあえず、コンビニで適当にデザートを買って、萌絵奈の先導で輝羅の家に向かう。割と高級な住宅街の中に、彼女の家はあった。ちゃんと門があり、2世帯くらいが同居出来そうな、そこそこの大きさの家だ。
萌絵奈が呼び出しベルを押すと、カメラの下のスピーカーから
「あれ、みんなどうしたの? まさかお見舞い?」
「ミイナちゃんが心配そうにしてたからね」
「してませんね」
「仕方ないわねゲホッ。窓開けて換気して、消毒するからちょっと待ってて」
そういうところは常識的なのか。サイコパス検定の点数が悪い方に少し変わったな。
しばらく待っていると、オデコに冷えるシートを貼り付けてマスクをした輝羅が出て来た。
「どうぞ……ゲホッ」
多分、風邪。いや、どう見ても風邪である。
ミイナは彼女の家に入るのを
「お邪魔しまーす」
「結構、綺麗ねぇ」
上級生のふたりはいたって普通に玄関を上がる。ミイナも今更逃げ出すわけにもいかず、ぎこちない動きで玄関を上がった。
「下村ミイナと、ゲホッ。霧子はゲホッ。初めてゲホッ」
「もう喋らないでください。空気が汚れます」
「ひどゲホッ」
輝羅の部屋は2階にあり、かなり広かった。4人が入ってカーペットの上に座っても、十分な余裕がある。ミイナはなるべく輝羅から離れて座った。
「昨日お風呂で考え事してたら、のぼせちゃってね。しばらく裸のまんま横になってたら風邪引いちゃったゲホッ」
「……もしかして、昨日の夜のこと、考えてたんですか」
「なんのこと? ゲームのアイデアがいっぱい浮かんできたから、どれを採用するか悩んでたのよ。全部は実装できないからゲホッ」
輝羅は何か思い出したように立ち、パソコンを操作し始めた。
「今日、暇だったからずっとプログラム組んでたんだけど、昨日からかなり変えたのよね。ちょっと見てよ」
「はぁ。……へー、キャラクターが靴を飛ばすグラフィック付けたんですね。これなら飛び出してくる物の
「でしょ、でしょ。原点回帰よ。元々は飛ばした靴をキャッチするってことだったんだから」
「輝羅さんが色んな物を飛ばしたいって言ったから、おかしくなったんですよ」
ああでもないこうでもないと騒ぐふたりを、萌絵奈と霧子はニヤニヤして眺める。
「仲良いわねぇ。まだ出会って3週間くらいしか経ってないのに」
「輝羅が私たちとちゃんと話すようになるのに、文芸部に入ってから半年くらいかかったよね」
「人に強気で接するくせに人見知りなのよ」
「どうでもいいけど、私たち、居る意味ある?」
見舞いのつもりが、ゲーム作りの会議の場所が変わっただけとなった。
ちなみに翌日、輝羅以外の3人は学校を休んだゲホッ。