第13話 だきしめたい

文字数 2,493文字

「お邪魔します」

 キッチンで夕食の準備をしている輝羅(きら)のお母さんに挨拶をして、2階に上がる。輝羅の部屋は相変わらず広々としていて、パーティションで区切ったらもうひとり住めそうだ。

「ご飯までは、ひたすらプログラム書くから、漫画でも読んでて」
「何か手伝えそうなこと、ないかな。せっかく来たんだし」
「そうねぇ……。ステージを逆にした時用に、反転した画像を作ってくれるとありがたいわね」

 輝羅はデスクで、ミイナはリビングテーブルの上のノートパソコンで作業を始めた。
 画像は全て、左上から光が当たっている想定で作られていた。単純に左右に反転させると、右上から光が当たっている状態になる。

「画像の数が多いから、仮で反転だけした画像を作ればいいのかな。先生、本番用の画像作ってくれそう?」
「夏休みの最後だと、プロフェッサーは休み明けの試験の準備があるらしいから、お盆の前に頼んでおくわ」

 ミイナは画像を反転して保存、反転して保存していく。ふと、一気に出来るフリーソフトがあるのではないかと思い、検索してみる。

「あるじゃん、フォルダ内の画像の一括変換ソフト……」
「それも、製作あるあるね。頑張って作業してたら、実は簡単にできるツールや機能があったってやつ」

 フリーソフトをデスクトップにダウンロードして、そのまま実行する。
 幾つかの選択項目をクリックして、フォルダを指定して実行ボタンをクリックすると、1分ほどで完了のポップアップが表示された。

「完璧に出来てる。あたしの30分は一体なんだったの……」
「そうやって人は成長していくのよ。それがダーウィンの進化論ね」
「うん、違うね」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夕食をご馳走(ちそう)になる。輝羅のお父さんは仕事の帰りが遅いらしく、家族の構成員扱いされていなかった。
 輝羅のお母さんがコロコロと笑いながら言う。

「輝羅、おかしなことばかり言うから大変でしょ。ごめんなさいね」
「大丈夫です。最近は結構、言葉が通じるようになってきたと思います」
「いや、私は珍獣か」

 珍獣……。これほど自分の事を端的にまとめられるとは。やるな。

「否定しなさいよ。輝羅は珍獣なんかじゃありませんって」
「自分で言ったんでしょ。そんな風に思ったこと、フフ、ないよ」
「なんか余分な笑い声入ったよね」

 輝羅のお母さんが笑いながらふたりのやり取りを眺める。

「お母さん、ケーキあったよね。ミイナにも出してあげて」
「あー、お父さんの分が余るから出しましょうかね」

 お父さん……。ケーキを奪ってしまい申し訳ありません。存在は認識されてるけど人数には入ってないんだなぁ。
 チョコレートケーキをいただいて、お腹は一杯だ!

「ちょっと休憩してからお風呂ね、一緒に入る?」
「別にいいけど」
「え、いや、そんなに大きくないから。無理だから」

 輝羅の顔が真っ赤になる。この反応が嬉しくて、ついつい悪戯(いたずら)なことを言ってしまう。

 お風呂を先にいただき、ドライヤーで髪を乾かして輝羅の部屋に戻る。
 次に輝羅がお風呂に行ったので、ミイナはぽつんとひとり、部屋に残された。

 本棚に、中学校の卒業アルバムを見つけた。なんとなく手に取り、広げて見る。

「黒髪だったんだ。じゃあやっぱり、今は染めてるんだ……」

 アルバムの中、1枚の写真が目に止まる。その写真の中の輝羅は、メッシュの(よう)な髪色をしていた。一部が白髪になっている。心なしか、表情も冴えない。
 ミイナはアルバムをすぐに閉じて、元に戻した。鼓動が大きく、早くなっていることに気付く。見なければ良かったと思う。

 ノートパソコンでゲーム用の画像の整理をしていると、輝羅がお風呂から上がってきた。

「おかえり。あとは何をしたらいいのかな」
「ただいま。もうちょっとでコントローラーの操作が出来そうだから、デバッグ手伝って」
「うん。分かった」

 輝羅がはっとして、手を叩く。

「何か飲む? カフェオレが好きなんだっけ」
「そうだけど、よく覚えてたね」
「ま、まあね。ここの出来がいいから」

 輝羅は人差し指で自分の頭を指し示しながら、扉を開けて1階へ舞い戻って行った。
 そこの出来は……まあ、いいか。実際、頭は良いんだと思う。多分。

 ミイナはひとり、リビングテーブルに伏せながら考える。この先、彼女とどのくらいの距離感で接していくべきか、どこまで踏み込んでいくべきか、まだ決めかねている。今までこんな風に人の事を真剣に考えたことなんてなかったから、未知の領域に突っ込んでいるのである。

「どうしよ……」

 溜息を()いて頬に手を当て(ほう)けていると、輝羅がコップを両手に持って、笑顔で戻って来た。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 デスクの上のディスプレイを見ながら、ふたりでそれぞれコントローラーを持ちテストプレイしていると、欠伸(あくび)が出始めた。

「そろそろ寝ましょうか。ってもう2時じゃない!」
「あれ、徹夜するんじゃなかったの?」
「ミイナ、あなた疲れてるのよ。目がとろーんとしてるわよ。かなり実装できたし、目立ったバグもなさそうだから、今日はここまでにしよ」
「うーん、そうだね。実は、もう意識が半分無いんだよねぇ……」

 歯を磨いて、リビングテーブルをどかし、輝羅が持ってきた布団を敷いて、どさっと音を立ててミイナは横になる。
 うつらうつらとしていると、輝羅が別の掛け布団を持ってミイナの横に寝転んだ。

「ベッドで寝ないの?」
「なんとなく、なんとなくだけど、ね。こうしたいの」
「ふぅん……」

 意識が遠ざかる。ミイナは、布団を()き分けて、輝羅の手を探し当て、握った。
 どんな顔をしているか見たかったが、すぐに寝入ってしまった。

 深い眠りに就いていたのか、夢は見なかった。カーテンから漏れる光がちらついて目を覚ますと、まだ輝羅は寝息を立てていた。まだ手は握ったままだった。
 時計の針は朝の7時を指していた。夏休みなんだからもう少し寝ていても良さそうで、輝羅を起こそうか迷って彼女の顔を見ると、頬に涙の跡があることに気付く。

 ミイナは、手を繋いだまま、彼女を抱きしめるように姿勢を変え、もう一度目を(つむ)った。

「もう大丈夫だから。あたしが傍にいるからね……」
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