第26話 仕様書を作りたいぞ

文字数 4,041文字

「サウナの中で……」

 萌絵奈(もえな)が部室の中で、ゲームのストーリーを考えている。が、いきなり不穏な言葉が発せられ、(みんな)がギョッとした顔で彼女を見る。

「萌絵奈さん、サウナはいったん、忘れませんか。これ、落とし物を届けるゲームですよ」
「サウナにタオルとか、忘れていくかも、なんてね」

 ウインクしても誤魔化(ごまか)されないぞ。絶対、サウナの話にはさせない!

「萌絵奈、あなた純文学のコンクールで入賞したことあったじゃない。ふざけずに、ちゃんとした話を考えてよね」

 輝羅(きら)の言葉に、ミイナは驚く。萌絵奈が文芸部にいる理由は前に聞いたけど、やっぱり、ここにいるべき人間じゃない気がする。……あれ、純文学なら文芸部で()いのか。まあ、どうでもいいや。

「あと、霧子(きりこ)さんにも、そのストーリーに合わせた音楽を作って欲しいんです」

 霧子はアコースティックベースの音を止めて、親指をグッと上げる。なんだろう、この返し方、流行ってるのかな。いや、他で見たことないぞ。

 とにかく、我々のゲームで遊びたくなるようなストーリーを最初に流して、そのままシームレスにゲームが始まるという導入を考えている。
 あの世界一有名なアクションゲームだって、日本一有名なRPGの初期作だって、お姫様が(さら)われたのを助けに行く、敵の親玉を倒すっていう動機があってこそ、進む意味があるのだ。

 そこの演出は萌絵奈と霧子に任せるとして、あとはもっとゲームの面白さを考える必要がある。

「面白さって、色々あるよね。アクションが気持ちよかったり、謎解きが難しかったり、あとは……」

 部室に入って来た史緒里(しおり)が、指を鳴らそうとして、カスっという小さな音を出す。

「スキルみたいなのがあるといいんじゃないかな。パーティクルも作ってみたいし」
「パーティクルって?」
「光の粒の集合体みたいなもの、かな。3Dゲームだと、剣の軌道とか、炎とか、魔法のグラフィック演出に使われてるヤツだよ。あと、雨とかもね」

 輝羅がキーボードを叩く音を止めて、(みんな)を制止する。

「あのさ、いったん開発は()めて、仕様書作ろうよ。さすがにこの人数で作業をするなら、ちゃんと仕様を決めないとメチャクチャになるわ」
「仕様書って、どうやって作るの?」

 輝羅が指をパチンと鳴らす。いい音だ。

「元・本職に聞きに行こう」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 職員室に入ると、思った通り、当たり前のように高島先生がいた。自分のデスクでパソコン作業をしているようだ。

「プロフェッサー、仕様書を作りたいのだけど」

 くるっと椅子を回転させて、こちらを向いた先生が、腕を組んで答える。

「レクチャーしてもいいけど、篠崎と奥山は嫌がるだろ」
「何か参考にできそうな本とか、実際の仕様書とかを見られればそれで()いわよ」
「なら、俺の友人を紹介しようか。今はフリーライターだけど、以前は俺と一緒の会社でゲームデザイナーをしていた奴だ」

 ミイナは驚く。高島先生に友人がいたのか。
 先生は、黒縁眼鏡をクイッと上げた。

「おい、下村。表情で何を考えているのか丸わかりだぞ。気にしないけどな」
「プロフェッサー、それでいいわ。その人に会わせてちょうだい」
「今、電話してみるよ。顧問としての仕事だから、業務時間だけど許されるだろ」

 そう言って、高島先生はスマホの電話帳をスクロールして通話ボタンをタップした。

「……もしもし、俺だ。そう高島。今ちょっと、いいか?」

 職員室内だからか、手を口の横に当てて、小声で喋っているから、何を言っているのか聴こえない。っていうかそもそも、職員室から出ればいいのでは……。

 先生は電話を終えて、こちらを向いて、メモをくれた。

「明日の夕方で良ければ、ここで会ってくれるそうだ。俺は行けないけど、信用できる奴だから。交通には十分(じゅうぶん)注意して行けよ」

 この店の名前は、……パン屋?

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「どうも、春田(はるた)と申します。高島は本当に先生になっちまったんだなぁ」

 ミイナと輝羅は、指定されたパン屋の隅にあるイートインコーナーで、元・ゲームデザイナーという春田と会っていた。ウェーブの効いた髪に、赤い縁取りの眼鏡。細マッチョみたいな体格で、無駄に清潔感のある白シャツと黒いスキニー。
 自己紹介を済ませ、早速(さっそく)、本題に入る。

「ゲームのコンクールに出す作品の、仕様書を作りたいんです。でも、(あと)2か月ちょっとしかなくて、高島先生に相談したところ、春田さんを紹介してもらいました」

 春田は(うなず)きながら聴いていたが、ミイナが話し終えると、口の端を上げて尋ねてきた。

「どんなゲームを作るの?」
「落とし物を、落とし主に届けるゲームです。広いフィールドで、落とし物を届けるとポイントが入って、時間内に一定の得点を超えると、次のステージに進めます」

 春田はうーん、と(うな)った。ミイナも輝羅も、今のアイデアでは面白くないのは分かっている。

「なぜ落とし物を届けなければならないのか、最初にストーリーを流して、そのままゲームが始まるようにするつもりです。そういった流れを、仕様書にして部員で意思の統一をしたいんです」
「なるほどねぇ。それで仕様書か……。高島が僕を紹介した理由が分かったよ」

 春田は笑みを浮かべる。

「例えば君は、そのゲームに何か足りないと思っているだろう」

 ミイナは驚いた。図星だ。間違いなく、このゲームには何かが足りない。

「仕様書の話は(あと)でするとして、少し話を変えようか。じゃあ、君たちが付き合っているとしよう」

 輝羅の頬が紅潮する。

「つ、付き合ってはいません! 好きだけど……」
「これは仮定の話だよ。別に僕は君たちの恋愛事情に興味があるわけじゃない。……ちょっと今の言葉は気になるけど。そうじゃなくて」

 春田はコホンと咳払いをして、続ける。

「付き合ってる相手が、誰か他の人と親しげに話していたら、どう思う?」

 ミイナは輝羅を見る。この前、ちょうどそのシチュエーションに遭遇したばかりだ。輝羅は明らかに不満な態度をとっていた。

「多分ですけど、自分の方に振り向かせるために、何か主張して気を引こうとすると思います」
「そうだよね。じゃあ、その「他の人」がすごく魅力的で、自分が(かな)いそうにもない相手だったらどうする? 諦めるのはナシね」

 ミイナは指を口に当てて考える。自分ならどうする? もし、輝羅がすごく素敵な子と一緒に手を繋いで歩いているのを見たら?

「……殴る」

 春田は手を叩いて大爆笑した。

「それは、面白いね! だけど、暴力はいけないよ。相手をどうこうするのでなく、自分はどうしたいのかな。どうなったら()いと思う?」
「もっと素敵な人になって、その人を超えるような魅力を持ちたいと思う……のかな、多分ですけど」

 春田が満足そうに微笑んで、コーヒーを一口飲む。

「そうだね。今の君たちは、相手、これはゲームのユーザーも同じね。相手と自分しかいない世界を見ている。でも、実際は、街に出れば魅力的な人たちがたくさんいるし、学校でも社会に出ても、新しい出会いがいっぱいあるんだ。その中で、ふたりきりの世界に居続けることなんてできないよ。ゲームも同じ。日々、何十人、何百人ものプロが関わった面白いゲームが発売される中で、ユーザーが自分たちの作ったものを選ぶとしたら、それだけの魅力が必要なんだ」

 ミイナはがっくりと項垂(うなだ)れる。結局、このゲームが面白くないって、ものすごく遠回しに言われてるだけじゃないか。
 輝羅が不満そうな顔で言う。

「諦めるなって言ったけど、さっきから諦めさせようとしてませんか。私たちは仕様書の話をしに来たのだけれど」
「まあまあ、もう少しだけ聞いてよ。さっき、下村さん、だっけ。君はすごく面白いことを言ったよね。殴るって。だったら、殴ればいいんじゃない? 全部、殴れるようにしたらどうだろう。僕はそんな変なゲームがあったら遊んでみたいよ」
「殴る、ですか」
「落とし物を届けるだけってのがつまらないなら、落とし物を殴って動かせばいいじゃない。殴って段差を飛び越したり、滑らせたりしながら動かして持っていけばいい。なんだったら、落とし主を殴って動かして、落とし物のところまで誘導するのはどうだろう。それが、発想ってやつだ」

 ミイナは両手をぱんと合わせて、その手があったかという顔をした。

「さてと、仕様書の話に戻ろうか。そもそも、プログラミングはできるのかな?」

 輝羅が身を乗り出す。

「私は簡単なゲームなら、2Dも3Dも、何個か作りました。彼女は、……まあ、多少できます」
「なら、このUSBメモリにエクセルファイルで雛型(ひながた)を入れておいた。簡単な説明もフキダシで入れてある。プログラミングができるなら、見れば分かると思う。(あと)はそれを、他の人に分かりやすく説明できればいいんだけど、もし必要なら、また呼んで。あいつ……高島の家にでも集まってさ、僕も手伝うよ」
「あの、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」

 ミイナの問いに、一瞬、春田が輝羅を見た。それでミイナは察した。彼は高島先生と輝羅のお姉さんのことを知っている。

「……ゲームデザイナーだった頃の血が騒ぐっていうのかな。こういう話をするのが、好きなんだろうね」

 ミイナと輝羅はお礼を言って、パン屋を出た。

「コーヒー、すごく美味しかったね」
「うん……そうだね」

 輝羅が元気なく(うつむ)いている。春田がお姉さんのことを知っていたことに気付いて、気にしているのだろうか。

 ミイナは手を繋ぐ。

「ね、またここのコーヒー、飲みに来ようよ。クロワッサンも美味しかったし」

 輝羅の瞳が(うる)む。彼女は、何かを振り切るように首を振ってから、笑顔になった。

「うん。そうだね!」

 ふたりはブンブンと腕を振りながら、街灯に照らされた街を歩く。

 いつか、お姉さんのこと、聞かなきゃいけない時が来るのだろうか。その時、輝羅との関係は変わらずにいられるだろうか。
 少しの不安を(かか)えながらも、ミイナは星空を見上げる。

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