第23話 アンダーテイキング

文字数 3,069文字

「そんなスペックで大丈夫なのかい?」

 部室の中、ミイナの操作するパソコンの動きを見て、史緒里(しおり)が言った。

「3Dのプログラミングをするには非力すぎないかなぁ」
「そう言われても、あたしのじゃないし。確か、高島先生の私物だっけ」

 ディスプレイから顔を出し、向かいに座る輝羅(きら)を見ると、視線に気付いた彼女は読みかけの本を置いて鼻を鳴らす。

「今の段階ではそれほどのスペックはいらないわ。でも、史緒里がここでモデリングするなら、それ用のパソコンをプロフェッサーに言って持って来させないとね」

 高島先生は輝羅の下僕(げぼく)か何かなんだろうか。

「高島先生か、よし、ミイナ。一緒に職員室に行こう」

 史緒里が手招きして立ち上がると、輝羅が目を見開いた。

「私が行くわよ。史緒里、ほとんど話したこと無いでしょ」
「だから行くのさ。これから良好な関係性を築かねばならないからね」
「じゃあ、なんでミイナを連れてくのよ。一人で行けばいいでしょ」
「それは……」

 史緒里が視線だけをミイナに向ける。すでに立ち上がっていたミイナは首を(かし)げ、史緒里の手を取って言う。

「なんか会話がまどろっこしい。さっさと行こ」

 手を握られた史緒里が頬を紅潮させながらついて行く。輝羅が生徒指導室から廊下に顔だけ出して、唇をワナワナ震わせてふたりの姿を見送った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 職員室には当たり前のように高島先生がいた。声をかけると、椅子を回転させて体ごとこちらを向く。

「星川に、下村か。珍しい組み合わせだな」
「先生、入部届を持ってきました。ボク、文芸部に入ります」

 高島先生が硬直する。
 ……あまり歓迎していないように見えるのは、気のせいだろうか。

「……そうか、分かった。入部届は確かに受け取った。ちなみに、なんで今頃、入部しようと思ったんだ?」
「あなたは山登りしている人に向かって、なんで山に登るんですかと尋ねるのですか? 愚問ですね」

 高島先生が黒縁眼鏡をクイッと上げた。

「いや、今ので十分答えになっている。星川は文芸部に入る素質があるよ」

 ミイナはなんだか、いたたまれない気持ちになり、さっさと本題に入る。

「あの、先生。史緒里ちゃんが3Dゲーム用のモデリングをするためのパソコンが必要なんです」
「モデリング……。そうなると、ゲーミングPCとかの方がいいかな。俺の家にお(ふる)のノートパソコンがあるから、それを持って来るよ。明日でもいいかな」

 史緒里とミイナは目を合わせて微笑む。

『よろしくお願いします』

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ミイナはまたまた霧子(きりこ)のジャズライブを観に行き、自転車で独り帰路についていた。

 坂道を気持ち良く(くだ)っていると、公園に奇妙な動きをする人影を見つけた。自転車のブレーキを握り締め、停まってその人物を凝視する。

「高島先生……酔っ払ってる?」

 ミイナが自転車を押して公園の入り口に着くと、街灯に映し出された高島先生は、何かと戦っている様子だった。もちろん相手の姿は影も形も無い。

「ファイアボール!!」

 先生は左手を勢い良く前に出しながら叫んだ。右手は多分、武器を持っているような構えをしている。

 ミイナは恐怖と絶望で足が震えた。
 絶対見たらダメなやつじゃないか。

 逃げようと思ったが、足がすくんで動かず、どぎまぎしている間に、先生に見つかってしまった。

「おや? 其処(そこ)な者は……。こんな夜更けに何をしているんだ」

 ミイナは彼を(にら)んで、恐怖を振り切るように強い口調で言い放つ。

「その言葉、そっくりそのまま、お返しします」

 とりあえず、ふたりはベンチに座った。
 高島先生は、コンビニのビニール袋をガサゴソとあさり、表面にストロングと印刷された缶を取り出した。

「お前も飲む……わけないよな」
「どうしたんですか、先生。そんなキャラでしたっけ」
「ちょっと、嫌なことがあってな。学校は関係ないけどさ」

 大人のストレス解消法かぁ。大変なんだな、大人って。

「ねぇ、先生」
「なんだ?」
「文芸部の2年生と何かあったんですか? あたしが部へ入る前に」

 先生は、夜空を見上げた。ミイナもつられて見上げるが、曇っていて星一つ見えない。月がぼんやりと所在なげに浮かんでいた。

「俺はさ、文芸部の顧問なんてやりたくなかったんだよな。OBってだけでもう3年もやらされてるんだけど、ホントはソフトボール部か野球部の顧問がしたいんだよ」
「野球かなにか、やってたんですか」
「高校までは野球で、大学ではソフトボールをやってた。指導はできると思うんだよな」

 そう言いながら、缶を開けてゴクゴク飲み始める。

「よく生徒の前で、思いっきりお酒を飲めますね。あたしが親に何か言うとか、思わないんですか」
「下村は言わないよ。俺は人を見る目だけはあるんだ。……文芸部の2年生と仲が悪いって話だっけ」
「はい」
「だからさ、俺は文芸部を潰そうとしたんだよ。あそこが無くなれば、晴れて自由の身だ。その(あと)、野球部かソフトボール部の顧問になれるかも知れないだろ」

 先生は飲みかけの缶を持って立ち上がり、フラフラと歩き、振り返りミイナを見る。

「篠崎と奥山に部を辞めろって言ったんだ。北川に付き合う必要なんかない。お前たちには進みたい道があるだろ、犠牲になるなって。あと、北川は専門の病院で治療を受けてるんだから、下手に素人が関わるべきじゃないって」
「それで……、ふたりは何て?」
「激怒だよ。あいつらは北川のことが大好きなのさ。自分たちの人生を少し遠回りしてでも、高校にいる間は北川と一緒に(あゆ)んでいきたいんだ」

 ミイナは彼を見つめる。多分……。

「先生、嘘ついてますよね」
「嘘? 俺がこの期に及んで、嘘ついてどうするんだ」
「だって、先生は、あたしたちのこと、すごく気にかけてくれてますよね。文化祭の時だってグラフィック作ってくれたり、今日だって、すぐにパソコン用意するって言ってくれたり」

 先生は赤ら顔で微笑む。

「文芸部を潰そうとしたのは本当だよ。だけど、ゲームを作るのに一生懸命な北川と下村を見ていて、手助けをしたくなったんだ。特に、お前が北川とちゃんと向き合うって言ってくれた時なんか、すごく嬉しかったな」
「先生は、輝羅と何か関係があるんですか?」

 先生は飲み終えた缶を握りつぶす。

「もしかして、あいつのお姉さんの話、聞いてないのか」
「お姉さん……? 一度も聞いたことありません」
「そっか、あいつ、お前に話してないのか。なら、言わない方がいいかな」

 ミイナは立ち上がり、高島先生の前に歩み出る。

「教えてください! 輝羅のお姉さんのこと!」

 先生は、しばらく(うつむ)いて考えた(あと)、ミイナの目をしっかりと見つめて、口を開いた。

「俺の婚約者(フィアンセ)だったんだ。2年前に亡くなったけどな」

 強い風が吹く。ミイナの髪が揺れる。公園のブランコが、誰も乗っていないのに風で少し揺れて、(きし)むような音を立てた。
 ミイナは何も言えなくなる。先生は、その反応を予見していたかのように優しい表情でミイナの肩に手を置く。

「俺に言えるのはここまでだ。お前はペラペラ喋らないと思ってるけど、できればここだけの話にしといてくれな」
「はい……」

 公園の明かりのない場所の闇が、さっきよりもずっと深く、暗くなったような気がした。世界って、なんでこんなに残酷なんだろう。どうして、悲しみって存在するんだろう。

 先生は色々入ったコンビニのビニール袋を持って歩き出した。こちらを振り向かずに手を振って。
 ミイナは、フラつきながら歩いて行く彼の後ろ姿を見つめながら、これから輝羅とどう接していくべきかを考えていた。
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