第7話 ちょっと泣いただけ

文字数 2,256文字

「文化祭に出展するのだから、ひとりが5分くらいで遊び終わるようなゲームを作ろうと思うの」
「確かに、フラッと入ってゴリゴリのRPGが始まったら嫌ですよね」
「ゴリ……まあ、そういうことね。下村ミイナが作ったアクションゲームでも良いんだけど、もう少しワクワク感が欲しいよね」

 輝羅(きら)は水性ペンのキャップを開け、ホワイトボードに「ワクワク感」と書いた。

萌絵奈(もえな)、何かアイデアはある?」

 萌絵奈は目を開けてハンカチで(よだれ)を拭いた。

「うーん、私は普段ゲームしないから。今ってどんなゲームが流行ってるのかしら」
「ちょっと前なら壺が動くのとか、吸血鬼が周りの敵を倒すのとかが流行ってたかな。ねえ下村ミイナ」
「そうですねぇ。あたしはそういうのは、Vtuberが遊んでるのを観てるだけですけど」

 輝羅はホワイトボードに「Vtuber」「壺」「吸血鬼」を並べて書く。いやそれはいらないだろ。

「はい次、霧子(きりこ)。ゲーマーなんだから、何かアイデアあるでしょ」

 霧子は、目を開けてハンカチで(よだれ)を拭いた。

「私はAAA、トリプルエーのゲームばっかりだからね、遊ぶの。あ、でもゲームの中でポーカーとかするのは好きだよ」
「なるほど、トランプとかのミニゲームなら遊ぶのに時間はかからないわね。ルールが決まっているのなら、アルゴリズムは検索すれば出てくるだろうし」

 輝羅は、「ミニゲーム」「トランプ」を追加した。

「Vtuberと壺と吸血鬼がトランプのミニゲームでワクワクするかー。誰がそんなゲーム遊びたいのよ」

 こっちが聞きたいよ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ミニゲームを考える、ということで、帰りにミイナと輝羅は玩具屋(おもちゃや)に寄った。

「ボードゲームって、こんなに色々あるんですね。オセロとか将棋みたいなのばっかりだと思ってた」
「カードゲームも種類が多いわね。でもマイナーなゲームじゃ、ルールを覚えるだけで時間切れになっちゃうから、やっぱりポーカーみたいなのじゃないと」
「なら、ポーカーにしますか?」

 輝羅は商品に視線を落としながら考えて、ミイナに語りかける。

「あなたは文化祭に参加します」
「はい」
「文芸部がゲームを展示しています」
「おかしな光景ですね」
「あなたは部屋に入りました」
「入り……」
「ポーカーができます。ポーカーで遊びますか?」
「別にポーカーなら他でもできますし、スルーして次に行きます」

 輝羅はパチンと指を鳴らす。途中の前提がおかしかったのは無視したようだ。

「わざわざ椅子に座って5分遊んでもらうには、つかみが大事よ。えっこんなの見たことない〜、って言わせるの」
「それを市販の玩具(おもちゃ)見ながら言いますか」

 ミイナたちは公園で会議をすることにした。ブランコを()ぎながら、各々つかみの何たるかについて考える。輝羅が夕焼け色の空を眺めながら、独り言のように考え事をそのまま声に出す。

「誰でも知っていて、興味を持ってくれて、それでいて結果に一喜一憂できるゲーム、かぁ」

 ミイナはなんとなくブランコを強く漕ぎ、靴を飛ばした。放物線を描いて、割と遠くまで飛んで行き、数回転がって止まった。

 輝羅が、地面と水平になるくらい上がりきったブランコから1回転して飛び降りた。ミイナはその身のこなしに驚いた。新体操でもやっていたのだろうか。

「これよ!」

 目を輝かせて大きな声を出した輝羅を見て、ミイナはブランコを漕いだまま感情の起伏なく問う。

「靴飛ばしのゲームなんて、もう()るんじゃないですか」
「飛ばす方のゲームはね。それをキャッチするゲームなら、ちょっとオリジナリティ有るんじゃなくて?」
「飛んできたのをキャッチする……ミニゲーム集みたいなゲームにはあった気がするけど、それをフューチャーしたゲームで遊んだことは無いですね」

 そもそも面白いのかは別として、と言おうとしたが、アイデアが()いて喜んでいる輝羅に水を差すのはやめておいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 輝羅は鼻歌を口遊(くちずさ)みながら、ホワイトボードにゲーム画面を想定したイラストを書いていく。

「キャッチする枠さ、もうちょっと大きい方が良いんじゃない?」
「そのキャラクター、可愛くないよ」

 萌絵奈と霧子が文句をつける。輝羅は我関せずでイラストを書いていく。
 その風景を眺めて、ミイナが独り言を(つぶや)く。

「仲は良いんだよなぁ、この人たち。全然趣味が違うのに」

 彼女は中学時代の卓球部での、とある出来事を思い出していた。3年生になりたての頃、仲の良かった部員が、いきなり部活を辞めた。何も言ってくれなかったし、違うクラスだったから、その(あと)は結局一度も話をすることなく卒業してしまった。

 人づてに、両親が離婚するとかで揉めてて、部活どころじゃなくなったと聞いたのは卒業間近の頃だった。その出来事は、高校で卓球部に入らなかった原因ではないけれど、前よりは人との関わり方が消極的になったかも知れない。

「ちょっと、下村ミイナ。なんで泣いてるのよ!」

 そう言われて、いつの間にか涙を流していたことに気がついた。なぜか輝羅がひどく慌てた様子でティッシュ箱を差し出す。

「私、なんか(ひど)いこと言っちゃた? ゴメンね」
「……輝羅さんのせいじゃないです。あたしが勝手に色々思い出してて、それで泣いちゃっただけです。心配させてこちらこそゴメンなさい」

 輝羅の目が(うる)んでいる。この人は普段は変な人だけど、すごく優しい人なんだろうな。

「あたし、頑張ってそのゲーム……」

 言いかけて、ミイナは首を横に振る。
 そして3人を見回し、伝える。

「そのゲーム、皆で一緒に作りましょう!」
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