第15話 終わりと始まり

文字数 2,987文字

 溜まっていた宿題を必死に終わらせ、夏休みが明け、すぐに文化祭の日がやってきた。

 前日から廊下の飾り付けを手伝い、生徒指導室にパーティションを入れて文芸部への通路を作った。
 廊下に手作りの案内看板を出して、ミイナはいったん自分のクラスの様子を見に行く。タピオカ屋をやるらしく、男子がダンボール箱で資材を運んできていた。
 クラスで唯一、話のできる女子である坂井(さかい)さんが近づいて来る。

「下村さんは明日、部活の方に行くんだっけ」
「うん。呼び込みしなきゃいけないから」
「あそこって結局何やるの? ってか文芸部って普段何やってるの?」
「その説明は難しいなぁ。とりあえず、明日はゲームを出展するよ」
「へえー。ちょっと見に行ってみようかな」
「あんまり面白くないかも。あと、来るなら2人でね」

 そこまで話して、ミイナは小走りで文芸部に戻った。

「やっと戻って来た。ミイナ、これ、この位置で持っといて」

 輝羅(きら)は引き戸の上に装飾を付けようとしている。言われた通りに垂れ幕の真ん中を持ち上げたまま、輝羅の動きを見る。
 パイプ椅子の上に立った時、彼女はバランスを崩す。

「輝羅!」

 後ろに倒れかかったと思ったら、体をひねって両足で綺麗に着地した。ミイナはほっとしつつ、尋常でない身のこなしにビビる。

「輝羅はね、中学の時に新体操で全国大会に出てるのよ」

 萌絵奈(もえな)がにこやかな表情で言う。
 なぜに文芸部に……。まあ、色々事情があるんだろう。それにしても、萌絵奈は高校で輝羅と出会ったはずなのに、彼女の事をよく知ってるな。

「まあね。情報収集は私の得意分野だから」

 また心が読まれただと……?!

「あー、危なかった。垂れ幕が汚れるところだったわ」
「そこ、心配するところじゃないから。気をつけてよね」

 ミイナが真剣な顔をしているのに気付いて、輝羅はさすがに、すまなさそうにした。

「う、うん。ごめんね」

 お祭りで気持ちをぶつけ合った(あと)、少し彼女の言動がぎこちない。
 ミイナに対してはかなり気を(つか)って、奇を(てら)ったような言動を控えているように見えた。それはミイナにとっては違和感のある態度であった。
 でも、もしかするとそれで、輝羅の中の何かが良くなるかもしれないので、そのまま様子を見ることにしていた。

 装飾を終え、パソコンの準備に取り掛かる。
 結局、輝羅の家に泊まった時に決まっていた仕様が、このゲームの最終版となった。アイデアはそれ以上には出ず、可もなく不可もなくといった感じのゲームになってしまった。
 萌絵奈(もえな)霧子(きりこ)はテストプレイで面白いといってくれたが、あの手作りのダサい看板で、お客さんがそれほどたくさん来るとも思えないし、どれだけ遊んでもらえるか不安だ。

「萌絵奈さん、電子ピアノはどうなったんですか」
「借りられたよ。キャンセルが出たんだって」
「じゃあ、廊下でピアノ弾いて呼び込みするんですか」

 萌絵奈は親指を立てて答えた。……いや、別に言葉で返せば良くないか。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 文化祭当日。

 ミイナはぶらぶらと教室棟を歩いていた。色々な出し物が展開されているが、絵画展やら喫茶店やら音を絞った軽音楽やら、それほど目ぼしいものは見当たらなかった。それはパンフレットでも分かってたけど、もう少しワクワクするのかと思ってたから、残念な気持ちになった。
 吹き抜けの渡り廊下のへりに手をかけ、分厚い雲に覆われた空を眺める。
 きっと横に輝羅がいないから、つまらないのだ。彼女と一緒にいない時の景色は、やっぱりモノクロに映るのだろう。

 ミイナは気持ちの整理をつけて、生徒指導室の前にやってきた。
 廊下で、萌絵奈は電子ピアノ、霧子は大きなウッドベースで呼び込みをしている。とんでもない違和感がミイナを襲う。

「実際に見ると、やっぱり何の呼び込みだか分からないですね」

 ミイナの指摘に、萌絵奈が答える。

「いいの、いいの。私たち暇だから。久しぶりにピアノ弾いてるけど、楽しいわよ。ミイナちゃんも弾く?」
「遠慮しときます。音楽の通知表はずっと1よりの2なので」

 そう伝えると、萌絵奈はなぜかジョン・レノンのイマジンを演奏し始めた。突然の曲がわりに霧子が萌絵奈を二度見して、弾くコードを変更する。

 生徒指導室の中のパーティションでできた通路を突っ切り、部室に入る。中では、2人のカップルが我々の自作ゲームを遊んでいた。

「もー、ユウくんちゃんと飛ばしてよー」
「ごめんよ、サッちゃん。次はサッちゃんの番だよ。俺が君の愛を受け止めてやるぜ!」

 イチャコラしながら遊ぶカップルを、仁王立ちの輝羅が苦々しい表情で見下ろしている。態度の悪いお店だなぁ。

「ただいま。輝羅、店番かわるよ。校舎回ってきたら?」
「別にひとりで回っても面白くないのよね。外部の人にこの髪色見られると何か言われるかも知れないし」

 学校で唯一のド金髪を手で払いながら、輝羅が言う。
 じゃあ一緒に……と言いかけたが、ミイナは言葉を飲み込んだ。今日じゃなくても、いつでも一緒に遊ぶことはできるし、焦らなくてもいいやと思った。

 ホワイトボードの前に置いたパイプ椅子に座って呆けていると、ゲームを遊ぶためにぱらぱらと2人組が部室に入って来る。
 遊ぶ姿を見ていると、割と楽しそうにしてくれる人が多く、ほっとするとともに、もっと面白くできなかったのか、本当にゲーム作りと向き合ってきたかなんて、もやもやした感情も生まれてきた。

 ……結局、ここのところは輝羅のことばかり考えてた気がする。

 もともとこの部活に入ったのは輝羅に誘われたからだけど、文化祭が終わったら、途中までで止まっているプログラミングの初心者本を読んで、勉強しよう。それで、ゲームを作って、輝羅と……。

「ミイナ。起きて」

 輝羅の声で目を()ます。
 気付くと、部室には午後の陽の光が差し込んできていた。

「結構、寝てたよ。もうすぐ撤収するから、手伝って」
「そんなにあたし寝てた? ごめん、何にもやらなくて」
「好き勝手に遊んでもらってただけだし、いいよ。50人くらい来てもらえたから、上々の結果ね。明日から何しようかな」
「中間テストの勉強だね」
「げっ、そうか、宿題はやったけど全然テスト勉強してないや」

 ミイナは微笑んで、言う。

「じゃあさ、ウチで一緒に勉強しよっか。学年違うけど」
「え、ミイナのお(うち)で?」
「うん。今度はあたしの家。土曜日なら泊まってっても()いと思うよ」

 輝羅は嬉しそうに(うなず)く。

「じゃあ、次の土曜日ね。や、約束」

 輝羅は小指を差し出す。ミイナがそれに答え、小指を絡める。
 その光景を、汗だくで演奏を終えた萌絵奈と霧子が生徒指導室から眺めていた。

「私たち、毎回オチに使われてない?」
「そろそろ個別のエピソードが欲しいところね」

 メタ発言を(つぶや)き、目を見合わせて笑う。そのうち、気が向いたら……。

 文化祭は夢うつつの中で終わってしまった。
 高島先生がどうしていたのかは、誰も語らないから分からないが、きっとどこかに幽閉でもされていたのだろう。

 一つの区切りになるのではないかとも思っていたが、そういうこともなく、明日からもただの日常が続いていくようだ。

 けれど、その日常には、輝羅がいる。
 それだけで、ミイナの世界はキラキラ輝く。

 窓の外を眺めていると、輝羅が廊下から呼ぶ声がする。
 ミイナは返事をして、小走りで駆けて行った。
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