第19話 季節外れの海で

文字数 2,845文字

 4人の眼前に、(あお)い海が見えてきた。
 季節外れの海は、どことなく冷たそうで、ウエルカムな感じには見えなかった。

「風もちょっと冷たいし、海にも入れないのに、どうして私たちはここにいるのかしら」

 おや、言い出しっぺがなんか言ってるぞ。

輝羅(きら)がゲームのアイデアを練るなら海ね、って誘ったんじゃない。あたしたちこそ、どうしてここにいるのかしらだよ」
「でも、シーズンが終わると、ホントに誰もいなくなるのねぇ」
「この時期の海に用事があるのなんて、思い詰めた人か借金で首が回らなくなった人くらいだよね」
「それ、入水……」

 ミイナと萌絵奈(もえな)霧子(きりこ)が口々に感想を述べる。輝羅はいつものように溜息を()いて、3人を見回し、手を腰に当てて言う。

(みんな)が高校生らしいゲームを作ろうって言うから。青春といえば、やっぱり海でしょ!」

 でしょ! って言われたって、もっと10月の季節にふさわしい場所があると思う。……あるよね?
 萌絵奈が観念したような顔を(みんな)に向ける。

「まあ、来ちゃったんだから、楽しみましょ」

 輝羅が指をパチンと鳴らす。

流石(さすが)ね萌絵奈。あなたは話の分かる女だと思ってたわ」
「いつものことだからね、慣れただけよ」

 萌絵奈の聖人っぷりに驚きつつ、ミイナたちは輝羅を追って海に駆けて行った。

 水平線を見ながら、ゆっくりと歩く。太陽が出ているので暖かいが、風は確かに少し冷たく感じる。
 青みがかった貝殻を拾って、陽に向け照らして見る。薄くなっている部分が透き通り、赤と黄色が増えて、その彩りに目を奪われる。

「ミイナ、どうしたの?」

 輝羅の声かけに、ミイナは微笑み、貝殻を渡す。

「太陽に向けるとね、すごく綺麗なの」

 輝羅がミイナの真似をして、貝殻を陽の光に当てて眺める。

「ホントだ。すごい、まるで命を吹き込んだみたいね」

 輝羅が笑顔になる。ミイナはその自然な笑顔に安心する。もっとこういう笑顔を増やしてあげたい。ずっと一緒に……。

 調子に乗って貝殻集めに本気を出した輝羅を放っておいて、ミイナはスケッチブックに絵を描いている萌絵奈の横に座る。

「相変わらず、上手いですね。美大に進むって聞いた気がするんですけど、その準備はしてるんですか?」
「うん。抜かりはないわよ。文芸部にいるのがハンデにならないように、ちゃんとやってるから大丈夫」

 少し迷って、前から気になっていたことを聞いてみる。

「あの、萌絵奈さんが文芸部にいる理由、教えてくれませんか。それとも、まだ時期じゃないですか?」

 鉛筆の動きを止めた萌絵奈は、まるで本気かどうかを確かめるように、瞳の中まで凝視するようにして、ミイナの目を見つめる。
 そして、大仰(おおぎょう)な動きで貝殻を拾う輝羅と霧子を見ながら、話し始めた。

「私と輝羅は高校で初めて会ったけど、母親同士が友達なのよ。高校に入った頃に、ウチのお母さんに頼まれて、輝羅に話しかけるようにしたの」

 萌絵奈は中学生の頃からコンテンポラリーアートに傾倒していた。本当は美術科のある高校に行きたかったが、親の反対で、普通科の高校に進学した。
 高校では美術部に入って、賞を獲って、今度は親に文句を言わせず美術大学か芸術大学に進学するつもりだった。
 だけど、高校に入ってすぐに、親の頼みで輝羅と関わることになった。

「最初はなんで私が……そういう風に思ってたわ。すぐに美術部に入りたかったのに、なんだか成り行きで文芸部に入らされちゃってね。あの頃の私は結構イライラしてたかもね」

 親から輝羅の病気のことは聞いていた。けれど、そのために自分が犠牲になるのは嫌だった。
 だから、萌絵奈は輝羅に、はっきりと言った。

「私はこんな所で時間を潰してる暇はないの、そうやって言ってやったわ。そしたら、彼女、平然とした顔で返してきたのよ」

 萌絵奈の瞳が海と陽の光のせいか、ゆらめいて見える。

「あなたは然るべきところに所属してないと絵が描けないの? って……」

 一筋の涙が流れる。鼻を(すす)り、彼女は続ける。

「輝羅はすごいの。私が当たり前だと思ってた世界観を、一瞬でひっくり返しちゃうんだからね」
「それで、萌絵奈さんは文芸部を続けてるんですね。でも、あたしにはよく分からないけど、実績を作る必要はないんですか?」
「それなら、問題ないわ。高校のOBで美大に進学した人に、デッサンは確実に受かるレベルって言われたから。もしかすると、美術部で周りのレベルに合わせなくて良かったっていうのもあったかもね」

 それを聞いてミイナはホッとした。犠牲者は少なければ少ないほど()い。そして気付く。あの時、時期じゃないって言った理由。

「そっか、この話をすると、どうしても病気について触れなきゃいけないから……萌絵奈さんのこと、秘密主義者だと勘違いしてました。ゴメンなさい」

 ミイナの詫びに、萌絵奈は微笑む。

「まあ、まだ隠してることはあるけどね」

 まだあるんかーい。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「そろそろ帰りましょー! 帰りのバスが無くなっちゃいますよー!」

 いつまでも砂浜を這うように貝殻を探す輝羅と霧子に、ミイナが大きな声で伝えた。

 4人は海を(あと)にする。
 バス停まで歩きながら、輝羅は一番綺麗な貝殻をミイナに渡す。

「はい、これ。すごく綺麗なの。ミイナに……似合うかなって」

 ミイナは貝殻をつまんで、陽に当てたりひっくり返したりして眺める。薄い赤色の部分がピンクっぽく見えて、キラキラしてて確かにすごく綺麗だ。

「ありがと。大事にするね」

 微笑みかけると、輝羅は顔を(そむ)けた。その可愛らしさに抱きしめたくなるが、人通りがあるのでやめておいた。

 霧子がジーンズをパタパタと叩きながら、大きな声を上げる。

「あれ、……財布が無い!」
「カバンの中は? って、霧子、カバンも持ってないじゃない」
「ホントだ、カバンが無い!」

 すぐに(きびす)を返して海へ走って戻る。
 行動範囲は狭かったはずだが、どこにもカバンも財布も見当たらなかった。

「仕方ないわね。交番があったはずだから、行ってみましょう」

 輝羅の提案で、4人は交番まで歩いた。
 カラカラと引き戸を開けて入ると、ちょうど年配の女性が霧子のカバンを机の上に置いて、書類にペンを走らせていた。
 警官が4人の様子とカバンを交互に見る。

「あんたたち、このカバンの持ち主かね。学生証とか入ってる?」
「入ってると思います。奥山霧子です」

 すぐに警官が学生証で本人確認をして、財布の入ったカバンを返してくれた。4人は年配の女性と警官に頭を下げ、お礼を言って交番を出た。

「バス、無くなっちゃいましたね」
「ゴメンね。駅まで歩いて行かなきゃだね」

 夕陽が海と空を(だいだい)色に染めている。それを眺めつつ、駅への道を辿(たど)り始める。

 ミイナが立ち止まり、両手を合わせ、声を上げた。

「あたし、ゲームのアイデア思いつきました!」

 3人がミイナを見る。輝羅が真剣な顔をして言う。

「字数が……」

 萌絵奈が颯爽(さっそう)と制止する。

「はいはい、字数が多くなるから続きは次回ね。この引き、多過ぎじゃないかしら」
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