第18話 キッチンの絵
文字数 806文字
小学校高学年の家庭科の宿題だったと思う。自分の家のキッチンを描いた。
意地悪な宿題だった。
治の家は古くて、ゴキブリも出るから、それも絵に描いてやる、と怒っていた。
僕の家はもっと古い。キッチンはリフォームして、広くて雑誌に出てくるようなアイランドキッチン……のはずだったが、なにしろ亜紀は片付けが苦手だった。
この家に嫁いでくるまで、ごはんも炊いたことがなかった。
「欲しいのは奥さんね」
と言ってた女だ。
結婚当初はよく祖母が片付けに来ていた。
「英輔さんに嫌われるわよ。帰ってこなくなるから」
と呆れられていた。
物で溢れたダイニングキッチン。テーブルは半分が使えない状態。床には中元で届いた箱がたくさん。空箱も積み重ねてある。
僕が正確に描いていると、亜紀は悲鳴をあげた。
「これは、絶対特賞だね」
「ちょっと待ってよ。やめなさい、エイコウ」
亜紀が僕の名を呼ぶことは滅多にない。
パパとママから1文字ずつ取った名前。僕の大嫌いな名前。
僕はゴキブリの絵を描いた。得意な虫の絵。
「おかあさんの好きなナメクジラも」
「ナメクジは虫ではない。描くのは明日にして」
「では、30分の猶予を与える」
「無理」
「じゃあ、1時間」
その間、僕はピアノを弾いた。
テンペストの第3楽章。瑤子さんが好きな曲だ。
亜紀の従妹の、僕よりひとまわり年上の女。従妹なのに、似ていない。顔も性格も。彼女が来ると楽しかった。彼女は僕を笑わせた。
毎週末、瑤子は三沢家を訪れていた。最近は、父の部下も。父は、ふたりを結婚させたいのだ。
瑤子の好きなテンペストはパパの好きな曲でもある。
そして、ママの好きな曲だった。
あの男が、よく弾いていた。隣のアパートに越してきた音楽教師。家賃を払いに来て祖母に気に入られた。リビングルームで祖母のために、よくピアノを弾いていた。クラシックの好きな祖母のために。
いや、ママのために。ママに聴かせていたんだ……
意地悪な宿題だった。
治の家は古くて、ゴキブリも出るから、それも絵に描いてやる、と怒っていた。
僕の家はもっと古い。キッチンはリフォームして、広くて雑誌に出てくるようなアイランドキッチン……のはずだったが、なにしろ亜紀は片付けが苦手だった。
この家に嫁いでくるまで、ごはんも炊いたことがなかった。
「欲しいのは奥さんね」
と言ってた女だ。
結婚当初はよく祖母が片付けに来ていた。
「英輔さんに嫌われるわよ。帰ってこなくなるから」
と呆れられていた。
物で溢れたダイニングキッチン。テーブルは半分が使えない状態。床には中元で届いた箱がたくさん。空箱も積み重ねてある。
僕が正確に描いていると、亜紀は悲鳴をあげた。
「これは、絶対特賞だね」
「ちょっと待ってよ。やめなさい、エイコウ」
亜紀が僕の名を呼ぶことは滅多にない。
パパとママから1文字ずつ取った名前。僕の大嫌いな名前。
僕はゴキブリの絵を描いた。得意な虫の絵。
「おかあさんの好きなナメクジラも」
「ナメクジは虫ではない。描くのは明日にして」
「では、30分の猶予を与える」
「無理」
「じゃあ、1時間」
その間、僕はピアノを弾いた。
テンペストの第3楽章。瑤子さんが好きな曲だ。
亜紀の従妹の、僕よりひとまわり年上の女。従妹なのに、似ていない。顔も性格も。彼女が来ると楽しかった。彼女は僕を笑わせた。
毎週末、瑤子は三沢家を訪れていた。最近は、父の部下も。父は、ふたりを結婚させたいのだ。
瑤子の好きなテンペストはパパの好きな曲でもある。
そして、ママの好きな曲だった。
あの男が、よく弾いていた。隣のアパートに越してきた音楽教師。家賃を払いに来て祖母に気に入られた。リビングルームで祖母のために、よくピアノを弾いていた。クラシックの好きな祖母のために。
いや、ママのために。ママに聴かせていたんだ……
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