第32話 身代わりだった
文字数 1,155文字
君は都会の独り暮らしを終え故郷に帰る。
まるで妖怪だな、歳を取らない。
胸にいつも下がっていた血赤の珊瑚。
あれは父のプレゼントだ。
義母と従妹の君へのみやげだった。
妻と同じものをもらって、君は嬉しかったの?
✳︎
瑤子の父親が亡くなった。
父は海外出張中で、葬儀には僕が行かざるを得なかった。
かつて瑤子を送った道を、義母と妹を乗せて走る。
思い出したくない。彼女とのこと。
しかし葬式だ。父親が亡くなったのだ。失意にある女を義母も責めはしないだろう。
僕も平静を装う。あれから5年も経っていた。
僕たちは目を合わさなかった。5年経っても歳を取らない。薄化粧の喪服の女、恋人らしき男もいない。
帰る間際、瑤子は畑に僕を呼び出した。都会的だった女が畑で野菜をもいでいた。
「まだ怒っているの?」
「……」
「結婚するんでしょ?」
「ああ」
「おめでとう」
「……」
「喋っちゃおうかな。あなたと……」
「……喋ってみろよ。父に打ち明けてやる。父の身代わりにされたって。父はどうするだろうな……」
「……もう許してよ」
「そっちから言い出してきた」
「……乳癌なの」
「え?」
「癌なの。死ぬのよ。だから許してよ」
「嘘だ」
「英輔さんに会いたかった。最後の望みも叶わなかった。私のお葬式には来てくれるかしら? 泣いてくれるかしら?」
瑤子の目から涙が溢れた。
「本当なのか?」
「……」
「本当なんだな? 手術は?」
「するわけないでしょ」
「バカッ」
「もう遅いの」
「どのくらいだ?」
「すぐよ」
「……父にそばにいてほしいか?」
「あなたでもいい。そばにいて。手を握っていてほしいわ」
「……」
「……」
「身代わりか? いいのか? 父に話す。望みを叶えてやる」
「やめてよ。嘘よ。冗談よ。まったく、人がいいんだから……」
平気で嘘をつく女か? それとも……
視覚になる木陰で、胸を直にさわられ瑤子は白状した
「やめてよ。嘘よ。あんまりつれないからからかったの」
「なんて女だ」
「ごめんね、坊や。哀れな女を許して」
「ホントに嘘なんだな」
「ホントよ。もっと確かめる?」
「なんて女だ。いいかげんに忘れろよ」
「出張から帰ったら、きっとお線香あげに来てくれるわ」
「義母と一緒にね。義母はなんでもお見通しだ。もう過去にしろ」
瑤子は声を上げて泣いた。父親を亡くしたばかりだ。
憎い女、憎い瑤子を抱きしめた。胸を貸す。声を貸す。
「瑤子、特別サービスだ」
2度とこの声を聞かすまいと思ったが……父そっくりの声。
憎めない女。哀れな女。
「もう俺のことで人生を無駄にするな。俺は、どうしようもない男だ。弱くて情けない……だらしない。無神経で……妻がいなけりゃ生きていけない。妻が怖くて浮気なんてできないんだ。それに……もう歳だよ。もう……勃たない」
瑤子は吹き出し、笑いながら僕の胸を叩いた。
まるで妖怪だな、歳を取らない。
胸にいつも下がっていた血赤の珊瑚。
あれは父のプレゼントだ。
義母と従妹の君へのみやげだった。
妻と同じものをもらって、君は嬉しかったの?
✳︎
瑤子の父親が亡くなった。
父は海外出張中で、葬儀には僕が行かざるを得なかった。
かつて瑤子を送った道を、義母と妹を乗せて走る。
思い出したくない。彼女とのこと。
しかし葬式だ。父親が亡くなったのだ。失意にある女を義母も責めはしないだろう。
僕も平静を装う。あれから5年も経っていた。
僕たちは目を合わさなかった。5年経っても歳を取らない。薄化粧の喪服の女、恋人らしき男もいない。
帰る間際、瑤子は畑に僕を呼び出した。都会的だった女が畑で野菜をもいでいた。
「まだ怒っているの?」
「……」
「結婚するんでしょ?」
「ああ」
「おめでとう」
「……」
「喋っちゃおうかな。あなたと……」
「……喋ってみろよ。父に打ち明けてやる。父の身代わりにされたって。父はどうするだろうな……」
「……もう許してよ」
「そっちから言い出してきた」
「……乳癌なの」
「え?」
「癌なの。死ぬのよ。だから許してよ」
「嘘だ」
「英輔さんに会いたかった。最後の望みも叶わなかった。私のお葬式には来てくれるかしら? 泣いてくれるかしら?」
瑤子の目から涙が溢れた。
「本当なのか?」
「……」
「本当なんだな? 手術は?」
「するわけないでしょ」
「バカッ」
「もう遅いの」
「どのくらいだ?」
「すぐよ」
「……父にそばにいてほしいか?」
「あなたでもいい。そばにいて。手を握っていてほしいわ」
「……」
「……」
「身代わりか? いいのか? 父に話す。望みを叶えてやる」
「やめてよ。嘘よ。冗談よ。まったく、人がいいんだから……」
平気で嘘をつく女か? それとも……
視覚になる木陰で、胸を直にさわられ瑤子は白状した
「やめてよ。嘘よ。あんまりつれないからからかったの」
「なんて女だ」
「ごめんね、坊や。哀れな女を許して」
「ホントに嘘なんだな」
「ホントよ。もっと確かめる?」
「なんて女だ。いいかげんに忘れろよ」
「出張から帰ったら、きっとお線香あげに来てくれるわ」
「義母と一緒にね。義母はなんでもお見通しだ。もう過去にしろ」
瑤子は声を上げて泣いた。父親を亡くしたばかりだ。
憎い女、憎い瑤子を抱きしめた。胸を貸す。声を貸す。
「瑤子、特別サービスだ」
2度とこの声を聞かすまいと思ったが……父そっくりの声。
憎めない女。哀れな女。
「もう俺のことで人生を無駄にするな。俺は、どうしようもない男だ。弱くて情けない……だらしない。無神経で……妻がいなけりゃ生きていけない。妻が怖くて浮気なんてできないんだ。それに……もう歳だよ。もう……勃たない」
瑤子は吹き出し、笑いながら僕の胸を叩いた。
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