第29話 ロカさんの息子
文字数 2,027文字
今度の介護施設は家庭的な雰囲気だ。
ひとりは意識がない。まだ若いが。
若すぎる。息子と同じ年の男性だ。
17歳の夏から眠り続けている。20年以上も。
自殺に失敗したのだ。首を吊ったのだが、発見されてしまった。まさか、こうなるとは思いもしなかっただろう。
部屋に入る。
ベッド周りには家族の写真が飾ってある。
父親は……ロカさんだ。
眠り続ける男は、徳冨有一……ロカさんの息子。
父親は亡くなった。以前働いていた施設で。
ロカさんは、若き日に半年だけ付き合っていた…… あだ名は蘆花 。
3か月前、娘がビデオデッキを取り付けてくれた。
ようやく観ることができる。
ロカさんの遺品に貰ってきた、ふたりで観た思い出の映画。
テープは……映画ではないようだ。
映ったのは……ロカさん?
若い頃の高校生くらいのあの人?
いや、違う。その頃にはビデオはまだなかったはず。
それではこの子は?
「おとうさん、ごめんなさい。おばあちゃんのところへ行きます。
体育館で記事について責められ逃げ場がなくなった。助けてくれと叫んでも助けてくれるものはいなかった。
死ねばみんなが喜んでくれるだろう」
短い……すぐに終わった。
なに、これ?
これは……遺書?
コーヒーを淹れてきた娘が、ケースを確認した。
折った古びたチラシが入っていた。
『新聞部の徳冨有一君は学校批判の記事を載せようとしたところ、先生に咎められた……
苦にして自殺を図った。命は取り留めたが意識は戻らない。
学校側に責任が……』
ロカさんの息子は、父親が危篤の時にも会いに来なかった。
来られなかったのだ。
娘が携帯を見せた。この娘は行動が早い。
19 ︎ ︎/9/3
自宅で、K高校のY・Tくん(高2・16)が自殺未遂。
6/8 Yくんは、学校批判の新聞記事を掲載しようとして、担任教師や新聞部の先輩に見つかり、集団リンチを受けた。大けがをし、11日間の入院。それ以降、登校していなかった。 学校側は、リンチなどの暴力沙汰を否定。
「おにいちゃんと同じ高校よ。1学年下」
︎
寛之 は子供の頃から恵まれていた。家庭にも才能にも。
だが、ひとりっ子だった。父の跡を継がねばならない。好きな脚本家の道も諦めた。
好きな女も諦めた。アパートに住む高卒の女。
反対されるのはわかっていた。
見合い結婚した。申し分のない相手だと母は喜んだ。敷地内に家を建て一男一女に恵まれた。
しかし、父が亡くなると、妻と母の折り合いが悪くなっていった。
互いに行き来をしなくなった。自分も同じ敷地内に住みながら、母とは滅多に顔を合わせなくなった。
自分が悪かったのだ。母の孤独に気がついてやれなかった。
冬の朝、母は首を吊って亡くなっていた。
息子が見つけた。夢に現れたという。
中学1年生の息子は祖母に物置の縄を取ってくるよう頼まれた……
息子は教師になりたいと言っていた。真面目だった。
残酷だった。自分の用意した縄で祖母は首を吊ったのだ。
息子は物音に怯え、それでも長男として葬儀の席では気丈にしていた。
優しかった息子は自分を責めた。
かわいがってくれた祖母を自殺に追い込んだことを。
妻はいたたまれなくなり出て行った。子供たちはついてはいかなかった。
息子は高校に進学し新聞部に入っていた。正義感が強かった。
駐輪場で恐喝されたが、金を出さず殴られた。
大柄な先輩が助けてくれた。それからは、その先輩と親しく話すようになった。
高校2年の6月、息子になにが起きたのか?
息子は制服のまま帰って来るなり倒れた。全身打撲。
息子は大勢に囲まれ、やられた、と話した。
駐輪場の恐喝者か? 詳しくは話さない。イジメか?
いじめられるような性格ではないと思っていた。友人もいたはずだ。
学校では思い当たる節がないと言う。
2学期が始まる明け方、息子は首を吊った。祖母の跡を追うように。同じ場所で。
発見が早かったが、意識のない容態が続いた。
見舞いに来た生徒はひとりだけだった。
恐喝されていたのを助けてくれた優しい少年だった。
何度も見舞いに来てくれ、寛之はつい、愚痴をこぼした。
「学校が原因なんだ」
つい口を滑らした。進学校の闇……
友人は息子の自殺未遂の日を忘れないと言ってくれ、言葉通り毎年息子に会いに来てくれた。
寛之も待つようになった。
息子は眠り続けた。
寛之も年を取った。体に自信もなくなってきた。
息子より長生きはできまい。心残りだ。
会社は同業者に譲り、家も売った。
アパートに移った。銭湯に通った。
「竹の湯に行ってたの?」
ーー誰だったか?
頭が混濁している。
息子よ、おまえはどうしている?
まだ眠り続けているのか?
もういい。とうさんと一緒に、行こう。
おばあちゃんのところへ。
もう1度会いたかった。
あの娘とやり直せたら……
あの娘……
ああ、あの少年に、あの青年に似ていたな。
ひとりは意識がない。まだ若いが。
若すぎる。息子と同じ年の男性だ。
17歳の夏から眠り続けている。20年以上も。
自殺に失敗したのだ。首を吊ったのだが、発見されてしまった。まさか、こうなるとは思いもしなかっただろう。
部屋に入る。
ベッド周りには家族の写真が飾ってある。
父親は……ロカさんだ。
眠り続ける男は、徳冨有一……ロカさんの息子。
父親は亡くなった。以前働いていた施設で。
ロカさんは、若き日に半年だけ付き合っていた…… あだ名は
3か月前、娘がビデオデッキを取り付けてくれた。
ようやく観ることができる。
ロカさんの遺品に貰ってきた、ふたりで観た思い出の映画。
テープは……映画ではないようだ。
映ったのは……ロカさん?
若い頃の高校生くらいのあの人?
いや、違う。その頃にはビデオはまだなかったはず。
それではこの子は?
「おとうさん、ごめんなさい。おばあちゃんのところへ行きます。
体育館で記事について責められ逃げ場がなくなった。助けてくれと叫んでも助けてくれるものはいなかった。
死ねばみんなが喜んでくれるだろう」
短い……すぐに終わった。
なに、これ?
これは……遺書?
コーヒーを淹れてきた娘が、ケースを確認した。
折った古びたチラシが入っていた。
『新聞部の徳冨有一君は学校批判の記事を載せようとしたところ、先生に咎められた……
苦にして自殺を図った。命は取り留めたが意識は戻らない。
学校側に責任が……』
ロカさんの息子は、父親が危篤の時にも会いに来なかった。
来られなかったのだ。
娘が携帯を見せた。この娘は行動が早い。
19 ︎ ︎/9/3
自宅で、K高校のY・Tくん(高2・16)が自殺未遂。
6/8 Yくんは、学校批判の新聞記事を掲載しようとして、担任教師や新聞部の先輩に見つかり、集団リンチを受けた。大けがをし、11日間の入院。それ以降、登校していなかった。 学校側は、リンチなどの暴力沙汰を否定。
「おにいちゃんと同じ高校よ。1学年下」
︎
だが、ひとりっ子だった。父の跡を継がねばならない。好きな脚本家の道も諦めた。
好きな女も諦めた。アパートに住む高卒の女。
反対されるのはわかっていた。
見合い結婚した。申し分のない相手だと母は喜んだ。敷地内に家を建て一男一女に恵まれた。
しかし、父が亡くなると、妻と母の折り合いが悪くなっていった。
互いに行き来をしなくなった。自分も同じ敷地内に住みながら、母とは滅多に顔を合わせなくなった。
自分が悪かったのだ。母の孤独に気がついてやれなかった。
冬の朝、母は首を吊って亡くなっていた。
息子が見つけた。夢に現れたという。
中学1年生の息子は祖母に物置の縄を取ってくるよう頼まれた……
息子は教師になりたいと言っていた。真面目だった。
残酷だった。自分の用意した縄で祖母は首を吊ったのだ。
息子は物音に怯え、それでも長男として葬儀の席では気丈にしていた。
優しかった息子は自分を責めた。
かわいがってくれた祖母を自殺に追い込んだことを。
妻はいたたまれなくなり出て行った。子供たちはついてはいかなかった。
息子は高校に進学し新聞部に入っていた。正義感が強かった。
駐輪場で恐喝されたが、金を出さず殴られた。
大柄な先輩が助けてくれた。それからは、その先輩と親しく話すようになった。
高校2年の6月、息子になにが起きたのか?
息子は制服のまま帰って来るなり倒れた。全身打撲。
息子は大勢に囲まれ、やられた、と話した。
駐輪場の恐喝者か? 詳しくは話さない。イジメか?
いじめられるような性格ではないと思っていた。友人もいたはずだ。
学校では思い当たる節がないと言う。
2学期が始まる明け方、息子は首を吊った。祖母の跡を追うように。同じ場所で。
発見が早かったが、意識のない容態が続いた。
見舞いに来た生徒はひとりだけだった。
恐喝されていたのを助けてくれた優しい少年だった。
何度も見舞いに来てくれ、寛之はつい、愚痴をこぼした。
「学校が原因なんだ」
つい口を滑らした。進学校の闇……
友人は息子の自殺未遂の日を忘れないと言ってくれ、言葉通り毎年息子に会いに来てくれた。
寛之も待つようになった。
息子は眠り続けた。
寛之も年を取った。体に自信もなくなってきた。
息子より長生きはできまい。心残りだ。
会社は同業者に譲り、家も売った。
アパートに移った。銭湯に通った。
「竹の湯に行ってたの?」
ーー誰だったか?
頭が混濁している。
息子よ、おまえはどうしている?
まだ眠り続けているのか?
もういい。とうさんと一緒に、行こう。
おばあちゃんのところへ。
もう1度会いたかった。
あの娘とやり直せたら……
あの娘……
ああ、あの少年に、あの青年に似ていたな。
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