第46話初めての哲学講座ニーチェ②

文字数 1,699文字

正田講師の講義が始まった。
「ニーチェの前に、ショーペンハウアーの説明を軽くいたします」
「ショーペンハウアーは、生年1788年、没年が1860年」
「彼は、論理ではなく、欲望や感情のようなものが、世界の根本にあると考えました」
「彼は、この欲望や感情のようなものを意思と読んでいます」
「そして意思は何も秩序だった目的を持たない」
「あらゆる生物は生きたいから欲望や感情のまま、生きているだけと判断しました」
「そのような、理性や秩序ではない、ある意味、盲目的な生きるという意思が、世界の根源であると」
「そして、この意思は、無限にあふれ出る泉のようなもの」
「その意思が有限な世界に閉じ込められているのだから、それ同士が、どうしても、衝突、喰い合ってしまう」
「だから、人間世界に、苦しみが生まれるのは、避けられないと」
「これこそが世界の構造の根本であると」
「そこから逃れるには、哲学、思考により、意思、つまり欲望や感情の否定を実現することが、唯一の方法である」
「つまり、生きている以上苦しみは避けられないので、苦しみを感じる自分の感情や欲望を押し殺すべきと勧めたのです」

長いショーペンハウアーの説明を一旦終え、正田講師は、苦笑い。
「ショーペンハウアーだけで、大討論会ができますよ」

直人は、あっ気に取られている。
とにかく難しい。
英語、数学、物理、歴史、全てが遠い世界の学問にも思えて来た。
確かに哲学は、全ての学問の根拠にして、到達点なのか、そんな思いもしている。

正田講師は続けた。
「ショーペンハウアーはヘーゲルのような理性に重きを置く哲学ではなくて」
「もっと泥臭い欲望や感情が世界の根本と、考えたのです」
「ただ、その解決は最終的な解決は、困難でした」
「インド的な禁欲で、欲望や感情を滅却する」
「あらゆる執着を捨てる、そんな思想でしょうか」
「これも、言い切れません」

正田講師は、じっと聴き入る直人と田村涼子に、少し微笑み、ようやくニーチェの講義に入った。
「ニーチェ、生年が1844年、没年が1900年。プロイセンの哲学者です」
「ショーペンハウアーの思想の影響を強く受けています」
「ディオニュソス神的世界観から始まる・・・」
「つまり合理主義、理性や秩序を象徴するアポロン神ではなく」
「ディオニュソス神のような情動や無秩序こそが、世界とか自然の生成そのものであって、人間に原始的かつ本能的な部分であると考えたのです」
「その意味でショーペンハウアーからの影響、近さも感じ取れます」

「要するに、世界は理路整然と、秩序を持ち発展するなど、現実にはなかった」
「戦乱は無くなることはなく、悲劇も多かった」
「ネガティブなことの方が多いのが人間世界、それが当たり前です」
「限られた有限の世界の中で、人の感情も欲望は尽きることはなく、衝突も避けられないのですから」
「ただ、そんな衝突や戦争のようなネガティブな事象が発生したとしても、人類は生き延びて来た」
「形あるものを破壊して、また新たなものを生み出していく、根源的な生物としての意志力」
「ニーチェは、この意思をディオニュソス的と命名しました」

直人は、この時点で、正田講師の講義に圧倒されている。
不思議なのは、自分が貧乏を馬鹿にされてフラれたとか、階段から突き落とされたとか、命を狙われたとか、家族から離されてしまったとか、その全てが、思考から消えてしまったことである。

「そんなこと、考えている暇がない」
今は、正田講師の口から出る言葉、そのニュアンスを含めて、全て聞き逃せない、見逃せない、と思う。

隣の田村涼子も、全く気にならない。(どうでもいい)
まずは、ニーチェについての話をもっと聞きたいと思う。

直人が知っている数少ないニーチェの言葉「神は死んだ」への言及も強く期待していると、正田講師は、また話の展開を変えた。
「ニーチェは、ソクラテスも、プラトンも、強く批判しています」
「単なる現実逃避であって、退廃現象に過ぎないと」

そして、少し笑った。
「日本の特に若い人に人気の、異世界物、転生物も、ニーチェからすれば、そんなものでしょうか」

これには、直人も、隣の田村涼子も、目を丸くしている。
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