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文字数 1,614文字

 西島の握ったレーザーポインターは、迷いなく斎藤タケルの額を照らした。
 額のほぼ中心に灯った光点が皮膚の表面で小刻みに動いている。斎藤は戯けるように両目を寄せて、届かない舌先を額に向かって伸ばした後、柔らかく微笑んだ。
「気にすることはありません。あなたはあなたの仕事をしているだけです。こんな時間に予告もなしに目の前に斎藤タケルが現れたら。鍵束に付けて毎日持ち歩いているレーザーポインターがポケットの中にあったら。あなたが私を新宿で見たアメーバのお化けと同じかどうか、自身の目で確認してみたいと考えるのは当たり前のことです。しかしあなたにとっては残念なことに、とっくに改善してしまいました。その方法ではもう可視化できません」
 西島は足が竦むような恐怖を感じた。ppだと名乗る彼が自分の前に現れた理由が理解できない。
 理由は何だ——。
〈怨恨〉〈復讐〉
 そんな文字が頭に浮かんだ。
 もし彼が本気で自身をppだと言うのなら、その仲間を二体殺している自分は充分に怨恨や復讐の対象となり得るだろう。
 斎藤はテレビから感じる印象よりも小柄で、それほど戦闘能力が高いようには見えない。両手は上着のポケットに突っ込まれているが、その中で武器を握っている可能性も低そうだ。
「あなたに危害を加えに来たのではありません。あなたという人物を理解したいと思って会いに来たのです。あなたと友人になりたくて来たと言ってもいいかも知れません」
「友人? しがない地方公務員の私と友達になっても斎藤さんには何のメリットもありま——」
「あなたはとても優秀な警察官ですね」
 西島の発言を遮って、斎藤はにっこりと微笑んだ。
 あなたは正義感が強く、不正をしない。圧倒的な攻撃力を持つ相手に対しても、怯まずに向かって行く。我々にとってあなたを知ることは充分メリットになります。〈怨恨〉もないし、〈復讐〉をしようとも考えていません。繰り返しますが、私はあなたと友好な関係を築きたい。宇宙人と個人が親密になる例は、昔からこの国の子供向けフィクションにもあるじゃないですか。
「ちょっと待ってください。話が見えません」
 コンビニのレジ袋を提げた部屋着姿の若い女性が、斎藤に気付いて立ち止まった。斎藤は人差し指を唇にあて、テレビCMの中の斎藤タケルがやるようなウインクをすると、西島の発言を無視して話を続けた。
「話が見えない? 話は見えているはずです」
 相手のペースに飲まれないように。西島は斎藤から目を逸らした。
 私はあなたのような魂と出会えたことに、いまとても大きな喜びを感じています。あなたはもうそんな些細なことで悩む必要はありません。我々の存在を受け入れて、心を開くのです。
「そんな些細なこと?」
 そう。あなたが同僚の若い警官、あなたのことを慕っていた古賀大輝巡査を撃ち殺したことです。
「それはあなたには関係がないことです」
 西島の緊張が高まった。
 この男は正常ではない。少なくとも、テレビで見て自分が知っている斎藤タケルとはまるで違っている。
 警察官であっても新宿署の所属である西島が中野署の管轄で出来ることは限られていて、一般市民と大差はない。斎藤タケルはただ早朝に声を掛けてきただけで、何の罪も犯していない。むしろ、警告もなしにレーザー光線を照射した西島の方が傷害罪に問われても不自然ではない。これ以上の接触は、得策ではない。警察官としてこれ以上の失敗は許されない。警察官ですらなくなってしまったら、もう自分には何も残らない。この仕事にしがみつくしか、もう道はないのだ。
 おやおや。私を置いてどこかに行こうとしているのですか?
 いつの間にか距離を詰めていた斎藤の手が、西島の肩に触れた。
 あなたは、正義のヒーローになりたかったのではなかったのですか?
 西島はその時、やっと気が付いた。
 声を発している筈の斎藤タケルの唇は微笑みの形で閉じられたまま、全く動いていなかった。
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