2-3

文字数 2,651文字

「時村俊吾です。まず現時点で発表されている147人の犠牲者の方々にお悔やみを申し上げます」
 時村はそう言って目を閉じ、次にその目を開いた時には、別人のように表情を変えていた。友人に語りかけるような、優しげにも見えるその顔には、扇動者としての威圧感は欠片もなかった。
「これは何度も言っていることだけど、俺は占い師や予言者じゃない。発言したことが現実になったものもあるけど、外れたものだっていっぱいある。俺の発言を信じて昨日の外出を避けた人たちから、感謝されているのは嬉しい。でもそれは、俺の想像したことがたまたま現実と重なっただけだ。
 完全武装の機動隊員がpp化したことを考えれば、ヘルメットを被る意味はなかったし、いったん収束したように見えたティファナの被害が日没後にも拡大し続けたことを考えると、今後は夜になっても気を抜けない。
 そんな訳で俺がこれから話すことも、すべてただの個人的な見解だ。俺は劇作家だから、どうしても物事を劇的に考える傾向がある。もし予想が外れても、恨まないで欲しい。
 この後質問を受け付けるが、質問の投稿数を絞るために、先に俺の考えをざっくりと話しておく。
 今回の4thアタックで被害が確認されたのはメキシコのティファナと東京の二カ所だ。ティファナの状況説明はこの後改めて英語で配信する。この映像は新宿でppを目撃した日本人として、日本の視聴者に向けて配信している。
 東京の最初の攻撃は午後三時半前後。荒川の土手。足立区の柳原二丁目付近だ。荒川区に荒川は流れていないというのは東京に馴染みのない人は知らないだろうからピンと来ないかも知れないが、金八先生で使われていた土手と言えばイメージ出来る世代の人もいるだろう。そこでpp化したのは俳優の斎藤タケル氏と撮影現場の警備をしていたガードマン三人だ。四人とも警察に確保されているが、現状の安否は不明だ。短時間で拘束されたことを考えると、このppは2ndアタックの型に近いものかも知れない。言い換えれば、乗り移らないppじゃないかってことだ。因みに2ndアタックでpp化した人は、全員が亡くなられた——。これ以上の情報は俺にはない。ファンは気にしているだろうが斎藤氏の安否を聞かれても俺には答えられない。
 次の攻撃は午後三時五十分前後の新宿だ。最初に東口交番と歌舞伎町交番の警官がpp化した。ティファナの映像を見て恐れていた通り、俺はどこの国にでもいるPOLICEの存在が学習されたと考えている。荒川土手で斎藤氏とガードマンがpp化した理由も辻褄が合う。斎藤氏はその時、警官の衣裳を着ていた。ガードマンの制服は、警官の格好に似ている。
 新宿のppは窮地に追い込まれると他者に乗り移り、宿主を変えながら殺戮を繰り返した。これはティファナインシデントから見られるようになった現象だ。奴らはもうゾンビみたいにのっそりと動くppじゃない。戦闘能力の高い体に乗り移りながら人間の体を乗りこなしていく。歌舞伎町では武闘派の暴力団員が生き残った。東口で最後に残った機動隊員のppは、マシンガンを完璧に使いこなし、新宿通りをフル装備で全力疾走した。賛否が分かれるのは仕方がないが、最終的にそれを止めた二人の私服警察官たちに、俺は敬意を表したい。
 今回俺は初めてこの目で直接ppを見て、その脅威に晒された。奴らを目の前にしていくつか感じたことがある。
 まず、ガラの悪い野次馬を引き連れて向かってくる暴力団のppを見て、不思議に思ったのは俺だけじゃないだろう。振り返って発砲すれば、効率良く大人数を殺すことが出来るのに、何故そうしないのか。ただ単に後方への意識が薄いだけなのか。或いはppになる前の自我が残っていて、その自我が攻撃する相手の選別に影響を与えているのか。もし後者だとしたら、それは、やっかいなことだとしか言いようがない。誰がppになるかで脅威の質が変わってくるということだ。
 もう一つ気になった事がある。
 歌舞伎町交番の制服警官二名はpp化した後にパトカーで暴走し、新宿通りで街灯の柱に突っ込んだ。そこに歌舞伎町で勝ち残った暴力団員のppがやって来た。迷いなく、寄り道もせず、最短距離で。まるで生き残った一体が呼び寄せたように。
 東口のppが射殺された後も、すぐに次のppが現れた。事例は今のところたったこれだけだから、当然ながら証明は出来ないが、奴らは生存情報と位置情報を共有しているのではないかと俺は感じている。
 確かに位置情報の共有なんか、デバイスがあれば人間にだって簡単に出来ることだ。俺たちは映像だって音楽だって3Dのモデルデータだって遠隔でやりとりできている。奴らはいったいどこまでの情報を共有しているのか。人間の持つ技術水準を超えているとしたら。そう考えるとかなり不気味だ。
 これらのことがどんな脅威になり得るのか、今はまだ分からない。次にアタックを受ける都市がどこなのか、どんな人間が次のターゲットになるかによって及ぼされる影響は変動するだろう。
 もし運悪く5thアタックに見舞われることになったら——。
 次は警察ではなく、軍人がターゲットにされるのではないかと俺は想像している。
 メキシコ政府が最終的に、軍隊の力を見せてしまっているからだ。奴らに軍隊を学習され、軍の施設にppを大量発生させられたら——。
 そうなるといったい誰が奴らを倒せるのか。どれだけの被害が出るのか、もう想像もできない。軍人が軍人と戦いだしたら、それはもう内戦だ。軍人の暴力が外に向かって働いたら、戦争が始まってしまうかも知れない。
 ——というのが、俺の現状認識であり、劇作家としての俺が思い描くストーリーの限界だ。希望のエッセンスをいくらか混ぜておきたかったが、ないものはどうにもならない。
 それを前提に、質問に答える。質問は英語でも受け付ける。どの質問に答えるかのセレクトは、ウチのスタッフの気まぐれで決まる。悪く思わないでくれ」
 時村の視線はカメラから離れて、サブモニターに出されたテキストの上を走った。
「ほう」
 時村は両手で顔を覆い、片目ずつ、交互にその文字を読んだ。
「こりゃ、いきなりいい質問だ。と思ったら、俺の新しい友達からだ」
 カメラの脇に腰掛けた杏が、挑発的な目で答えを待っている。
 中継の映像に、櫂からの質問が表示された。
〈Bianchi1234
 ティファナのppは数が増えたのではなくて、超人化したという可能性はあるでしょうか〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み