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文字数 845文字

 応接室なのか、ソファとテーブル、暖炉が置かれた部屋の床に、子どもがうつ伏せで倒れている。
おーい、大丈夫か?
う……
 屈んで肩を揺すると、少年は目蓋を震わせ、ゆっくりと目を開いた。
ここ……どこ……? おにいさん、だれ……?
ここがどこかはオレも知らない。んで、オレの名前はツァック。なんていうか、迷子みたいなもん

 誘拐されておいて迷子というのもおかしな話だが、事件性を示唆して子どもを怖がらせるのは気が引ける。これでも、ファミリーが管理している児童養護施設の臨時職員を務めた経験もあるのだ。



 子ども好きであるツァックは、起き上がった子どもの姿を、目を細めて注意深く観察した。気は使うが、気を許すことはまだできない。

(だいたい十歳ってところかな。日本人ではなさそうだ。見た目は普通、だけどやけに落ち着いてる)
おにいさん、どうしよう
うん?
ぼく、名前、思い出せない
……へぇ。まぁここから出るころには思い出せるだろ。深く考えなくていいさ
そうかな
おう。ってことで、よろしくな、少年。ここから出て一緒に帰ろうぜ
うん!
 握手をするついでに立ち上がらせようと、ツァックは手を伸ばす。少年はツァックの手を掴もうとしたところで、目を丸くしてズボンのポケットをあさった。
どうした?
なんか入ってる!
花びらと、メモ?
 薄桃色の花びらと、四つ折りにされた小さなメモを、少年はツァックに渡す。
植物には詳しくないんだよなぁ。なんの花か分からん。メモは祭壇にあったのと同じような筆跡だな
少年。この花の名前、知ってたりするか?
分かんない
だろうな。メモの方は
“花はしぼまぬうちこそ花である。美しいうちにきらなくてはならぬ”
か。確かにさっき摘んできたっぽい、綺麗な花びらだけど
裏にもなんか書いてあるよ
“貧しきものに分け与えなさい”
だってさ
まずしきもの?
どこかにいるのかね。貧しい思いをしてるやつ
ねぇ、こんなメモが他にもあったの?
そ。たぶん脱出のヒントになってる
 魔術神メイガスや使徒たちが好んで使う方法だ、という説明はしなかった。
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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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