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文字数 1,017文字

ってことがあったんだよ。一張羅は埃やらなんやらで汚れるし、靴は血まみれ。仕方ないから一度帰って着替えたんだ
お疲れさまでした
ほーんと疲れた。でもま、これ以上の被害は出ねぇだろ。マスター、バーボンおごって。いつもの
はい
失踪した連中は、また誰かが巻きこまれて救出することになるんだろうな。オレじゃない誰かなら、誰でもいいわ
……信じられません
だろうな。最初はみんなそう言う。オレだって信じられなかった。でもな、レント
怪奇に巻きこまれたやつは、妙なもんで、巻きこまれたことのないやつより高い確率でまた巻きこまれるんだ
巻きこまれるっていうことには、知るってことも含まれる
オレの話を聞いたアンタも、もう巻きこまれてるんだよ
……
経験したら、嫌でも信じることになるしな
あまり驚かさないでくださいね
へーい

 目の前に置かれたグラスをとり、ツァックはおいしそうに飲む。蓮人は水滴が浮いてしまった自分のグラスを、じっと見つめた。



 話に聞き入っていたので、ほとんど減っていない。炭酸も抜け始め、溶けた氷で味も薄くなっているだろう。

被害者の人たちも、姉さんも、見つかっていないんですよね
そ。メイガスの管轄になってるだろうから、誰かが見つけて、どうにかしないと帰ってこない。たぶん生きてはいる

 裏切り行為に走ってなお、心はメイガスの使徒だったあの魔術師が、それを保証している。



 じっと薄青い水面を見つめていた蓮人は、ちびちびと酒を飲み始めた。案の定、ほとんど味がしない。

っと、もうこんな時間だ。そろそろ帰るわ。レント、心を強く持てよ。諦めたら死ぬからな
俺がその、怪奇な事件にかかわること前提、みたいですね
かかわっちまったら話、聞かせてくれ。あとヒナって女と会ったら教えてくれ

 片目をつむり、一杯分の酒の会計をすませてツァックは慌ただしく出て行った。蓮人もスマートフォンで時間を確認する。



 そろそろ店を出ないと、終電に間にあわない。

俺もお会計で
かしこまりました
……あ、れ……?

 立ち上がった蓮人の足元がふらつく。とっさにバーチェアを掴んだがうまく力を入れられず、崩れるように床に横たわってしまった。

(酒にやられた? アルコール、あんまり入ってなかったのに? 俺、そんなに弱い方じゃないよね?)
ああ……
(マスターがなにか言ってる……、聞きとれない……、眠い……)

 視界がぼやける。近づいてきたマスターが、抱え起こしてくれた。



 蓮人の記憶はそこで途切れる。

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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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