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文字数 1,378文字

 道を歩いていたら、意識を失った。

いてて

 さすがに誘拐じみた方法をとられたのは初めてだが、目が覚めると見知らぬ場所だった、というのは三度目なので、もうあまり驚かない。



 体を起こしたツァックは、こぶになっていないことが不思議なくらい痛む頭を撫でさすりながら、周囲を確認した。

ぼろぼろの長椅子、やたら綺麗なステンドグラス。屋根も崩壊してないな。んで、祭壇、左右に扉
 目に見えるものをひとつひとつ、口に出していく。
記憶もある。けど、銃が消えてる

 隠し持っていたナイフもなかった。愛用の武器はすべて没収された上で、光源が見当たらないというのに薄明るい礼拝堂に叩きこまれていたのだ。

魔術師か。最近、有名なのって言ったら、連続失踪事件の犯人だろうが
 ニュースや新聞で騒がれている、現在十五名の被害者を出している未解決事件。犯人が魔術師であると、怪奇な体験をすでに三度しているツァックは予想していた。
一度でも魔術師にかかわったやつは、どうしてかそのあともかかわる可能性が増える。ま、そういうことだろうな
 誘拐されたのは、偶然であり必然でもあったのだ。
はぐれ魔術師の仕業なのか、それともどっかの団体に所属してる魔術師の仕業なのか
ここが魔術でできてるなら、メイガスの使徒がやったんだろうけど、失踪事件の犯人がオレまでさらったってーなら、メイガス関係じゃねぇかな
メイガスは性格こそ最悪だが、十五人もさらったりしない。となると、ハーメルンの楽団員か

 魔術師の中には、ある強大な魔術師の元に集った信奉者的な魔術師たちもいる。有名なのが“魔術神”メイガスを信奉する“使徒”と、“行進曲”ハーメルンを信奉する“楽団”だ。



 この二人と、もうひとり特に大きな団体を率いている者が存在し、メイガスら三名は三大魔術師とも総称されていた。ただし、各々の思想や得意な魔術、事件の起こし方などはまるで異なる。
起きたら知らない部屋、ってのはメイガスの十八番だが、大勢が唐突にいなくなる、ってのはハーメルンの十八番だ

 下々の魔術師たちの性質は、信奉する魔術師の性質に左右されやすい。使徒はメイガスの真似を、楽団はハーメルンの真似をするのだ。

使徒と楽団が手を組んでる可能性はない。メイガスとハーメルンの不仲は、ちょっと魔術にかかわっただけで、魔術師じゃないオレでも知ってるくらい有名だ
上の二人が犬猿の仲なんだから、使徒も楽団もすれ違うだけで殺しあうくらい仲が悪い
でも、ハーメルンの仕業にしては……
ま、今は考えても仕方ねぇな。情報が少なすぎる
オレはオレで現実に帰るだけだ。ついでに事件が解決したらいいとは思うけど。あと、あいつの情報が手に入ったらいいな

 さすがにそれは望みすぎかと、苦笑しながら残骸になっている椅子を避けつつ、ツァックはステンドグラスに近づく。



 どうやら、左右で同じ光景が描かれているようだった。

白いローブの男と、跪いてる十二人の男かな。この絵は知らねぇけど、この人数にこの構図。まぁ、知ってるわな
救世主と、十二使徒。礼拝堂には似合いか

 木片を足で乱雑に払い、ツァックは綺麗に整えられた祭壇に向かう。

ってかなんで、よりによって一張羅のときにこうなるんだよ。絶対に汚れるじゃん
オーダーメイドのお気に入りなんだぞ、このスーツ
 ぶつぶつと放っていた文句は、足をとめると同時に打ち切る。
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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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