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文字数 813文字

 よく見るまでもなく、カラスはぼろぼろだった。



 黒い羽はぼろぼろに乱れ、あちらこちらに血がこびりついている。戦いを終えてしばらく経つのか、鮮血は流れていなあったが、痛々しい傷跡が随所にあった。動く気力どころか声を上げる力もないようで、ツァックと少年を見つめたまま動かない。
(カラスの真上に輪になったロープが一本。カラスが動かない限り、触ることもできないか。っていうか、オレの身長じゃ届きそうにないぞ)
 決して小柄なわけではないが、ツァックでは飛び跳ねたところで輪に指先をかすめさせることもできそうになかった。
(だいたいどこで暴れたんだ? 部屋の中にそんな形跡はないし、こいつ、窓からも扉からも出入りできないだろ)
かわいそうだね、鳥さん
そうだな。こんなずたぼろにされて、あのあたりの羽なんか散々、むしりとられたのか、貧相な……、あ
もしかして、貧しきものってそういうことか?
どうしたの?
ちょっと思いついた。危ないかもしれないから、アンタはそこにいろ
分かった
 少年を置いて、ツァックは花びらを差し出すように手を伸ばし、慎重にカラスに近づく。愛用の銃がないことが、ひたすらに心細かった。
うお、食べた

 カラスはくちばしを伸ばし、そっと花びらをついばむ。いつ手のひらを食われるか不安で、ツァックはほとんど無理やりカラスの口の中に花弁を突っこんだ。



 直後、刷毛で塗り替えるようにカラスの色が変わった。

おぉ
すごい! 鳥さん、真っ白になっちゃった!
傷もなくなったな
 純白の美しい鳥になったカラスは、首を上げて縄を引っ張る。
少年、左に退いて頭下げろ!
わぁぁっ!
 巨大な羽を広げた鳥は、その場で頭を下げた少年の真上を通過していった。不思議なことに、扉の幅より明らかに大きかった両翼は壁をすり抜けてしまう。
いない
なんだったんだろう
そういう生き物だったってことかな
 カラスを追って慌てて礼拝堂に出たツァックは、小さく息をついて室内を振り返った。
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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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