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文字数 907文字

 きぃ、とかすかに軋んだ音を立て、地下に続く階段の先にあった扉が開く。
こんばんはー……
 おっかなびっくり店内を覗きこんだ蓮人と、カウンターの中に立っていた初老の男の目があった。
いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ
……ありがとうございます

 照明が絞られた店の中に、蓮人はそっと足を踏み入れる。



 耳を澄ませば聞こえる程度の音量で、ジャズが流れていた。席はカウンターに四席と、六人までかけられそうなL字型のソファが置かれたテーブル席がひとつだけ。



 広いとは言いがたいが、手狭という感じもせず、落ち着いて時間をすごせそうだった。

(これがオトナの空間ってやつ?)
 三日前からずっと落ちこんでいた気持ちが、ほんのわずかだけ上を向く。緊張と興奮で心臓が高鳴っていた。
えっと
 並ぶバーチェアに腰を下ろし、メニューを探す。見あたらない。
お好きなお酒はありますか?
……あんまり、詳しくなくて……
甘いお酒とさっぱりしたお酒、どちらがお好きですか?
さっぱりした方が
かしこまりました
 細い目をますます細め、マスターはてきぱきとカクテルを作る。蓮人は口を半分開いて、その様子にくぎづけになっていた。
どうぞ
ありがとうございます

 考えてみればおよその価格帯も不明だが、一杯くらいなら手持ちで払えるだろう。



 目の前に置かれた、細長いグラスに注がれた薄青いお酒を、蓮人は見つめる。



意を決して飲んでみると、炭酸が口の中で弾けた。口当たりはさっぱりしていて、後に引かない。アルコールの味もあまりしなかった。

おいしい
ようやく少し明るいお顔になられましたね
俺、そんなに落ちこんでましたか?
ええ。とてもつらいことがあったようですね。よろしかったら、お話ください
怪奇話じゃないと思いますよ?
構いません。話せば楽になることもあるでしょう。怪奇な体験のお話でなくとも、私はお客様のお話を聞くのが好きなのですよ

 柔らかなマスターの口調に、蓮人は眉尻を下げてかすかに笑んだ。



 店内には、マスターと蓮人しかいない。カウンターの下でスマートフォンを出して時刻を確認すると、二十二時だった。終電まであと一時間半だ。

じゃあ、聞いてもらってもいいですか?
はい
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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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