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文字数 986文字

 ツァックさえ気づいていることを、魔術師は見落としていた。



 享楽主義の魔術神は、別の楽しみをこの事件に見出している。すなわち、魔術師の思いや動きではなく、さらわれてきた者がいかに行動するかということに。

銃を返してくれてありがとう。でも、オレは撃たない
なんで! ぼくはおまえを殺そうとしてるんだぞ!?
そうだな。たぶんアンタが手を下さなくても、ここにいるだけでオレはそのうち気絶するよ
 びちゃりと血だまりを踏む。地下に続く扉は、すでに血の海に隠されて見えなくなっていた。開いておけば排水溝の役目を果たしてくれただろうかと、ツァックは今になって少し悔いる。
ふざけるな。裏切りは大罪だ。処刑されるべきだ!
そうやって誰かに裁いてほしかったんだろ、本当は。メイガスじゃなくてもいいから、誰かに
裏切るのって、きっとつらいもんな。まして、好きだからこそそうしたなら
だからオレは許す。裁かない。誘拐した連中を解放して、ずっと罪悪感に苦しみながら生きろ
知った風な口を……っ

 目尻を吊り上げて怒声を放とうとした魔術師の胸から、切っ先が生えた。



 首だけを回して魔術師は背後を見る。眼窩から血を流す像の手に、いつの間にか細い剣が握られており、魔術師の心臓をしっかりと貫いていた。



 像は剣を引き抜くと、役目を終えたように瓦解する。血がとまり、臭いもずいぶん軽減された。ツァックは大きく息を吸って、吐く。
メイガスはずっと、見ていたんだよ
そ……、んな……
 祭壇に縋るように立っていた魔術師の膝が、崩れる。かろうじて顔だけを覗かせている魔術師を、ツァックは少し憐れんだ。
メイガスはオレの答えに満足した。これ以上、この遊戯を見る必要はないと判断した。終わりだ、魔術師
最後にもう一回、聞く。連れ去ったやつらはどこにいる?
教える、ものか。見つけたければ、自分たちで探せ。どうせもう、メイガス様のおもちゃだ
だろうな。それでこそ魔術神メイガスだ
ああ……メイガス様……、ずっとそこに、いてくださったのですね……
 意識が朦朧とし始めた魔術師が、床に倒れる。ツァックは銃をしまった。
言い忘れてたけど、綺麗な礼拝堂だな。メイガスの使徒が作ったんだって、すぐに分かるくらい綺麗だ
そう、か。それは、よかった……
だってぼくは、メイガス様の……

 静かで美しい教会に無数の亀裂が入る。ツァックは目を閉じ、素直に気を失った。

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登場人物紹介

【九曜 蓮人(くよう れんと)】

失踪した姉を探している大学生。

Barエンドロールにて怪奇事件の話を聞き、魔術の存在について知ることになる。


【ツァック】

自称・マフィアの男。

過去にも数度、魔術がらみの怪奇事件にかかわってしまっている。

行方不明の妹分、ヒノを探している。

【マスター】

Barエンドロールのマスター。穏やかな初老の紳士。

魔術がかかわる怪奇事件に巻きこまれ、生還した者から話を聞くことを趣味としている。

ドリンク一杯サービス中。

【少年】

ツァックが目覚めた礼拝堂で出会った少年。自分の名前を含めたすべての記憶がない。

巷で噂の連続失踪事件の鍵を握っている……?

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