クラナッハ(父):ユーディット

文字数 1,042文字

 ウィーンに住んでいた時、お客さんを案内するコースを決めていて、その中に美術史美術館がありました。30分とか1時間とかのご都合に合わせて、ポイントを絞って解説めいたことをしていました。

 美術史美術館はヨーロッパきっての名家ハプスブルク家の所蔵品が中心ですから、名画も多いのですが、必ずこのクラナッハの絵(1530年)をご紹介し、その反応を見るのが密かな楽しみでした。特に女性の場合には……



 旧約聖書に取材したもので、ユーディットという寡婦が祖国を救うために一人、敵陣へ赴き、敵将のホロフェルネスを誘惑し、ことの済んだ後で、その首を切って敵を敗退させたという話です。救国の英雄、美貌と勇気を兼ね備えた賢女といったところでしょう。

 しかし、クラナッハがそういう公式解釈に則って描いたとは到底思えません。冷酷な目と堅く結ばれた口元にわずかに漂う笑み、このユーディットはどう見てもアブナイ女です。気品に満ちた容姿の裏には、セックスと殺人を果たした後のエクスタシーが隠されていると言って差し支えないでしょう。クラナッハは念の入ったことに同じようなテイストであのサロメも描いていて、そちらでは洗礼者ヨハネの首の入った大きなお皿を抱えています。

 かのボッシュもそうですが、聖書に題材を取りながらアブナイ絵を描くというのは、どうも中世以来の伝統で、ちょっとだけ知識があれば(絵画に使われるお話はだいたい決まっています)ふにゃふにゃした印象派の絵なんかよりもよほどおもしろい世界が広がっています。美術の教科書には出てこないでしょうけど。

 ユーディットと言えば世紀末ウィーンの代表選手のクリムトも描いていることは、ご存知の方も多いでしょう。クリムトはもっとエクスタシーの表情を前面に出しながら、ホロフェルネスの首はほとんど描写していません。美術史美術館の内装をクリムトは手がけていて、元々はそういうのが本職でしたが、女性美を最大限引き出してくれるため、ウィーンのセレブな女性に大人気だったそうです。美しく描く職人には生首なんかはよけいなものだったのかと思えます。



 しかしながら、きれいなだけでは女性の魅力は腑抜けたようなものではないでしょうか。品行方正な紳士、淑女の耳元にそっと近づいて、どうです?こういうのってお気に召しませんか?とクラナッハはささやき続けています。

 悪趣味? 現代は悪趣味な映画やゲームやマンガがあふれています。どうせ悪趣味なら、400年以上経っても悪趣味であり続けてほしいものです。

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