モディリアーニ:ルネ

文字数 1,108文字



 梅雨の初めの肌寒い日には、エコール・ド・パリの絵が似合うような気がします。本当は仕事にも行きたくないし、外出だってしないで、ヨーロッパの片田舎の老人みたいに一日中窓の外を眺めていたいような。そんなことをしていると段々精神的に退行していって、昔のことばかり思い出して感傷的な気分になります。……

 私にはモディリアーニの絵ってそういう感じです。人間、いつもいつも名作、傑作ばかり見ていたいわけではないでしょう。技術も先見性も中途半端で、底の底のところで何がしたかったのか、本人だってわからなかった、でも捨てきれない昔馴染みの画家です。

 彼の作品はほとんどが人物画で、風景画ばっかりのユトリロと好対照ですが、大きく3種類くらいに分かれるような気がします。横たわったポーズの多いヌード、アフリカとかの彫像の影響が顕著な奇妙な形の半身像、そしてこの”La rossa René”のような感傷的な暗めの肖像画です。

 ヌードは肉感の表現においても、肌のあたたかみのある色彩においても、いちばん成功しているでしょうが、どうも娼婦っぽい表情が好きではありません。半身像はゆらりと揺れたようなエメラルド色の瞳のないものが多いです。彼自身がいろいろ工夫して自分の将来を託した絵だと思いますが、結局自分のものにこなしきれなかったように思えます。最初は驚くのですが、慣れてくるとデザイン化された記号、つまり悪い意味でのマンガのように見えてくるのです。

 最後のタイプも同じような危険性を孕んでいますが、逆に実際のマンガ家の方がモディリアニの絵の持つ独特の媚びたような感傷性を真似ている場合もあります。ただ沈み込んだような色彩においても、粗壁のようなマチエールにおいても言わば自分の手の内で仕事しているので、破綻は少なく、親しみやすく感じます。

 この絵も全く冒険をしていないわけではなく、筒のような首を中心に幾何学的な胴体と頭でまるでキュビスムのように構成しながら、花瓶に挿した花を思わせるような髪の毛で不自然さをカヴァーしています。でも、この絵の魅力はその目でしょう。全く塗りつぶすのではなくわずかに瞳を描くことで、彼と彼に近かった人の哀しみを否応なく表現しています。

 彼が貧困と病に倒れ、それを知った妻のジャンヌ・エピュテルヌは身重であったのにもかかわらず、アパルトマンの窓から飛び降りて、後を追ってしまった。この有名なエピソードは、絵を観る場合には本来はどうでもいいことのはずなんですが、彼の絵にはそうさせないものがあるのです。それは感傷的という意味で弱点であり、intimateという意味で他にとって代わられない強さでもあると思います。
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