ミレイ:オフィーリア
文字数 889文字
学生時代の貧乏旅行でロンドンのテイト・ギャラリーに行って、魅せられたのがこの絵でした。「ハムレット」に取材した絵であることも、この絵の女性、オフィーリアが死んでいることさえ知らず、ましてやラファエル前派なんて名前は聞いたこともなかった頃です。
つまり何の予備知識もなく、ただこの絵の美しさにみとれ、閑散とした館内を他の絵に行ってまた戻ってくるという具合で、絵と言うより彼女と対話したのでした。
その後、ウィーンに住んでいるときにイギリス旅行をし、その際に再会しましたが、やはりテイト・ギャラリーの中で最も心がひきつけられたのがこの絵、というよりはオフィーリアでした。
上に書いたような予備知識はありますし、解釈みたいなことをする賢しらは身につけたものの、そんなことよりもひたすら彼女を見ていたい、時間が許すまで話しかけていたいと思っていました。同じように絵の前を行ったり、来たり。……
「カル」という韓国映画を見ていたら、この絵が重要なモチーフをなしていました。たぶん監督もオフィーリアに魅せられた一人なのでしょう。映画自体は猟奇的なサイコ・ミステリーみたいな感じで、謎が残るって言うよりは、辻褄が合ってないんじゃないのかって言いたくなるようなものでしたが。ヒロインの切なさも「シュリ」と違って、いまいち伝わって来なかったし。……血みどろのお話に雨の場面がやたら多いっていう点ではポランスキーの「マクベス」(これもシェークスピア!)を想起させ、後味の悪さっていう点では「セヴン」に匹敵する映画でした。
この絵はネクロフィア的なところがあるようには思います。急いで言っておきますが、私にはそういう趣味はまったくないし、何の予備知識もなかったわけで、そうして出会った名画は残念ながら他にはないかもしれません。
画像はやや暗めですが、実物はもっと明るく、白一色のテイト・ギャラリーの中では輝くような美しさです。ですので、彼女はまだ生きているのではないかと思わせます(目が開いてるし、花も咲いてるし)。でも、そうではないのでしょう。……そういう心の行ったり、来たりもこの絵の魅力です。