フェルメール:ミルクを注ぐ女
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このあまりにも有名な絵を紹介するのもどうかと思いましたが、やはりその魅力には抗しがたいものがあります。フェルメールの絵に執拗に登場する左側の窓からの淡い光に浮かび上がる農婦のような女。壁の様子からはあまり裕福ではない家の台所のように見えます。ただ、ここはやはりデルフトの街の中の家と考えた方がよく、女は農村からメイドとして出てきたのでしょう。たくましい腰と肩、垢抜けない広い額、鈍重な表情。
しかし、そんな彼女から聖性と言ってもいいくらいの静謐感が漂います。ミルクを壷から注ぐという何気ない動作に集中する姿自体が美しいのです。あたかもはかない人間の日々の行いを神様が嘉しているかのように。「心と口と行いと生活をもって」という、これまたあまりにも有名なバッハのカンタータを小声で口ずさみたくなります。……
私がフェルメールの名を知ったのは、ダリのお蔭です。彼が古今の画家を採点していて、ラファエロとともにフェルメールに最高点を与えていました。ちなみに最低点はモンドリアンで、ダリらしいなぁと思わず笑ってしまいました。それでフェルメールに興味を持って、画集を見たりしているうちにだんだん惹かれていったのです。デルフトに行くまでに憑りつかれました。
ダリとフェルメールなんておよそ異なる画風のようですが、アレゴリカルなところ、パラノイアティックなところ、何より抜群の描写力が共通しています。描写力とは見たものを写真のように描くことでは、もちろんありません(そんなものはヴァイオリニストが正確な音程を出せる程度のものです)。
夢やイメジェリをそのまま詳細かつリアルに描けることだと思いますし、その点において、ダリは他のシュルレアリスムの画家を圧倒しています。この絵に描かれたパン籠をモティーフにしてダリも写実的なパンの絵を描いていますが、それはパンにしてパンでない何かに変容してしまっています。それは今後述べるようにフェルメールにおいても見ることができます。
ただそうしたことは、この絵ではまだ起きていません。すべては柔らかい光の中で生命力を持って静かに存在しているのです。凡百の絵画が束になってもかなわないくらい強固に。