お誘い

文字数 2,207文字

 たまに雲一つない青空の日があり少しづつ夏の訪れを感じさせる6月下旬の頃。小春は 
部室に向かう途中、保健室から出てきたハヤテに出会った。

 「頼光クン、どうしたのこんなところで? 体調がよくないの?」

 「ああ兼定さん、別にそういう訳じゃないんだけど… 俺ちょっと今日は部活休むから先輩たちに伝えといて。それと、巻き藁は練習用にもうセッティングしてあるから」

 顔色がさえないハヤテのことを見て、小春の心に正直な思いが浮かぶ。

 “この前も図書委員会の3年生の追い出し会があるからって部活に出なかったし。もともと週に一回の委員会活動で部活に出られないのはしょうがないけれど… とは言っても頼光クンに部活を真剣にやるつもりがあるのかしら…”

 「それならよかった。先輩たちには私が伝えておくわ。頼光クンも顔色が悪いから気をつけてね」

 ハヤテは苦笑いをしてその場を去って行った。


 それから約一週間後のこと。

 「ハヤテさん、話しかけてもいいですか?」

 クリっとした目をした夕霧が図書館の受付カウンターで作業をしているハヤテに小声で話しかけてきた。

 「別に大丈夫だけど、いったいどうしたの?」

 「いえ、何と言うか…」

 夕霧は少し緊張した面持ちをしていた。

 「そんなに固くならないでよ、夕霧さん。本当にどうしたの?」
 
姿勢をただす夕霧。

 「実はお願い事がありまして… 学期末試験が終わったらあるんです」

 「あるんですって何が?」

 「技科高とのゲームの交流戦があるんですが、それにハヤテさんに出て欲しいんです」

 「えっ、ゲームって言ったってどうせボードゲームだろ?」

 眉を寄せてケゲンそうな顔をするハヤテ

 「いえ、それがPCゲームなんですって… ボードゲームだったらウチの部員で出られるからいいんですけど…」

 「PCゲームなのか!? ジャンルは何なの?」

 「たしかレースゲームのはずです。グランプリ? ツーリング? とか言ってましたよ」

 「グ、グランプリツーリング!?」

 「どう どう ハヤテさん、落ち着いてください!」

 大声を出して立ち上がるハヤテ 同時に立ち上がってハヤテを落ち着かせようとして手で抑える仕草をする夕霧

 「グランプリツーリングか、俺やってみたいな…」

 「ほ、本当ですか! じゃあ、あと一人ですね」

 「あと一人?」

 「ええ、参加者は一校三人だから… ハヤテさんと私、それともう一人必要なんです」

 「もう一人… 夕霧さんには心当たりの人がいる?」

 「いえ… 看護科の女子にはPCゲームどころかボードゲームにも興味を持つ子はゼンゼンいないし… ハヤテさんにはいますか?」

 「いないかな… 同中のヤツもいないし、クラスにもまだそこまで親しいヤツもいない」

 「今回はムリですかね…」

 残念そうな夕霧を見てとても惜しそうな顔をするハヤテ

 「ん~ このままじゃ残念すぎる… んっ? そうだ無理を承知で頼んでみようか… 夕霧さん、ちょっとだけ時間をくれない?」

 「それはかまいませんよ! じゃあ、今日の残りの時間までがんばりましょう!」

 夕霧は両腕に力こぶを作りながら力強く上下させた。

 
 部活が始まってから途切れることなく小春は言いようのない不気味な視線を感じ続けていた。

 「今日は部活が始まってからずっと私の方を見て… いったいどうしたのですか、頼光クン?」

 「い、いやちょっと…」  

 言いよどみながらもハヤテの視線は小春の顔かに向かったままだ。

 「『いやちょっと』どころではないですよね 『いや、ずっと』ですよね… とにかく気になってしょうがありません… どのようなつもりなのか正直に言ってください!」

 「実は…」

 今日のハヤテの目は小春の目からはずれない。

 “いつもなら私がキツイしゃべり方をすると目をそらすくせに”

 「一緒にして欲しいことがあるんだ」

 その言葉を聞いて小春は表面上は平静を装っていたが、内心はドキドキし始めた。

 「一緒に… して欲しいこと?」 

 「そうなんだ。俺と一緒にゲームをして欲しいんだ」

 満面の笑みのハヤテ

 「ゲーム… ゲームってどんなゲームなのですか?」

 「PCゲーム… いやゲーム機を使ったカーレースのゲームなんだ」

 一瞬とはいえ、胸が高まった自分のことが小春は恥ずかしくなった。それもたかがゲームだったとは… 小春の家にはゲーム機はなかったし、PCゲームをすることの弊害を叩き込まれていた。

 「私はゲームをしたいとは思いません」

 「そんなこと言わないで一回でもやってみない?」

 「興味もないんです」

 「一回、一回だけでいいから」

 「ずいぶんと粘りますね、頼光クン。その粘りをアーチェリーでも見せればいいのに」


 その瞬間、突如として完全な沈黙がその場を覆った。

 
 「… 俺が悪かったよ、兼定さん… しつこすぎてすまなかった」

 その言葉を残して、肩を落としたハヤテはその場を去って行った。


 「どうしてこんなことになってしまったの…」

 小春は呆然自失となっていた。

 「私は頼光クンを傷つけるコトバをワザワザ選んでいた…」

 ♫ ♫ ♪~

 その時、小春のスマホに着信があったが、その時の自分へのショックで少し間をおかないと小春は通話ボタンを押せなかった。

 「はい、小春です。えっ!…」

 それから小春は一方的に話を聞くことしかできなかった。

 “因果応報…”

 小春の胸中にはこの言葉がめぐりめぐっていた。
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