練習開始

文字数 2,656文字

 翌日、ハヤテが教室に入るとすぐに小春がハヤテの所に駆け寄って来た。

 「昨日はどうもありがとうございました。私は頼光クン、いえ頼光さんにどのようにしてお礼をしたら良いですか?」

 姿勢の良い一礼の後、小春は真っ直ぐハヤテの目を見てきた。

 「お礼なんていらないよ、兼定さん。俺は困っている人がいたから手を貸しただけで見返りが欲しいからじゃなかったんだよ」

 「そうはいきません! 家訓では助けて頂いたらお礼をしない訳にいかないのです!」

 「じゃあ、この間お願いしたPCゲームへ参加するっていうのはどう?」

 下の方から見上げる視線のハヤテ 

 「PCゲームですか?」

 少し嫌そうに語尾を上げながら聞き返す小春

 「無理なら別にいいんだよ… それなら俺は何もいらないから」

 「だからそのような訳にはいかないんです! ん~っ」

 目を強く閉じ眉を寄せ口を『への字』にした小春は腕組みをし始めた。

 「皆さん、朝のホームルームを始めますから席に着いてください!」

 「とにかく家の者に相談しますから、いいですね!」

 クラス担任の先生が教室に入って来たので小春はあわてて自分の席へ向かっていった。


 昼食後の休み時間、ハヤテがゲーム部の部室の扉をノックすると扉が開いて夕霧が顔を出した。

 「遅れてゴメン! 少し兼定に捕まっちゃって… 家の人に説明するからどんなことをゲーム部でするのか、って細かく聞いてきてさ、結構しつこいんだよアイツ!」

 「ゲーム部に入ってくれそうで良かったじゃないですか!」

 「でもうまくいくのかまだわからないしな… そうそう、頼まれていた物は持って来たぜ」

 持参した大きい袋へ手を入れハヤテはゴソゴソと何か取り出そうとした。

 「本当に学校にゲーム機なんか持って来て良かったのかよ?」

 「ゲーム部の顧問の先生が技科高のゲーム部の顧問の先生と何か因縁があるらしくって… 技科高に勝つなら何でもありだって言っているのですよ」

 「それならとりあえず顧問公認ってことなんだよな… そう言えばモニターの方はどうなっている?」

 「モニターも予定どおり顧問の先生が授業用の予備に保管してあるのを貸してくれたましたよ」

 二人はPCゲームとモニターを接続してコンセントに差しダウンロードしてある今回のカーレースゲームを起動させる。すると大写しでレースカーが画面を横切ってゲームのデモ画面が始まった。

 「「おお!」」

 二人の驚嘆の声がハモッた。

 「こんなことで感心している場合じゃない… 夕霧さんはこのゲームをした経験はあるんだっけ?」

 「一度もありません」

 「じゃあ、カーレースの基礎から教えよう。『スローインファストアウト』と『アウトインアウト』だ」

 「『スローインファストアウト』と『アウトインアウト』?」 

 「カーブ、レース場ではコーナーっていって、直線、コッチはストレートっていうんだけど、ストレートからコーナーを曲がるときには必ずスピードを落とすんだ」

 ハヤテはゲームのマシンを動かしながら話を始めた。

 「車の直線運動をスピードを落とさないでハンドルだけ曲げると… ほら、遠心力が強すぎてコースを飛び出ちゃうだろ。そして、クリッピングポイント、コーナーの一番深いところを超える時にドンドン加速していくんだ。つまり『スローインファストアウト』は車の直線運動をコーナーに合わせた遠心力に変えて、それを活かして加速してコーナーを駆け抜ける方法なんだ」 

 ハヤテの操作する画面をジッと見つめる夕霧

 「次に『アウトインアウト』だけど、これはコーナーを駆け抜ける最短距離となる車の通り道のことなんだ。コースを走るときに、ただ単にコースのど真ん中を通るんじゃなくて最短距離を走ることが一番早くなるのはわかるよね?」

 ハヤテのマシンが真ん中を走る画面と『アウトインアウト』の画面の実演を見ながら何度もうなずく夕霧

 「それじゃコントローラーの使い方を教えるからよく見てね… これがアクセル、つまり加速ボタンでこれがブレーキ、減速ボタン。ボタンを押す力加減で強さが変わるんだ。アクセルから指を離すだけでも減速するんだよ。このグルグル回るのがハンドル。ほら、使ってみて」

 夕霧はハヤテから手渡されたコントローラーを手に持って動かしてみる。

 「車の動きがギクシャクする! あーっ! どこ行くのーっ!」

 車が加減速を繰り返した末に、マシンは鋭角に向きを変えて急に加速しながらコースアウトしタイヤウォールに激突した。

 「んー… 夕霧さん、ごめんね… 一緒に運転しよう」

 ハヤテは夕霧の後ろに行くと、コントローラーを握る夕霧の小さな手を包み込むように両手で覆って一緒にコントローラーを操作した。

 「まず、スタートはアクセルを開けながらコースの少し内側に向って走って… ここでブレーキを軽くかけてから急ハンドルにならないように注意して曲がって 急にアクセルを開けすぎるとコントロールできなくなるから注意してね… 」

 コースをハヤテと一緒に回り終わってから夕霧は後ろを振り返って話しかけた。

 「もう一度一緒に運転してくれませんか? 今より早いペースでお願いします」

 「別にかまわないけど… じゃあ、いくよ」

 ハヤテはペースを上げてスタートした。コースの3分の1過ぎたところで

 「もっと早くしてください、ハヤテさん」

 夕霧が真剣な声でハヤテに言った。

 「えっ? わ、わかった…」


 マシンがゴールラインを通過した時だった。

 「この車のギアは自動で上がり下がりするのですか? 自転車では自分でギアを上げ下げしますけど」

 「いや、夕霧さんがゲームに早く慣れられるようにオートマっていう、自動切り替えにしてあるんだけど…」

 「やはりそうでしたか… では、自分でギアを上げ下げする方法で運転してください」

 「このゲーム初めてなんだよね? 悪いけど夕霧さんには無理だと

 「いいですから、お願いします」

 「… わかりました…」


 二人で一つのコントローラーを使った練習を繰り返している時に昼休みの終りを告げるチャイムが鳴り響いた。

 「ありがとうございました、ハヤテさん。とても勉強になりました」

 「いやいや、夕霧さんのお役に立てて良かったよ…」

 引きつり顔のハヤテがゲーム部の部室を出ようとした時に夕霧が声をかけた。

 「ハヤテさん、ゲーム機は対抗戦までずっとここに置いておいてもらえるのですよね?」

 ハヤテは目が点になったが、夕霧の真剣な眼差しを見てうなずくことしかできなかった。
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