全メンバー集結

文字数 2,746文字

 「必ず読んでくださいね」

 登校してから教室に向かう途中のハヤテは特別教室のある階の階段で小春に呼び止められた。そして折りたたんだ手紙を手渡されたが、その時の小春の目つきはとても普通とは言えなかった。ハヤテは教室に向かう途中にトイレの個室に入って手紙を読んだ。


 「水曜日は先輩たちの午後一番の授業が体育だから昼に部室を使わないでしょ… いつも二人して昼休みは部室にこもりっきりだから、水曜日しか部室が使えなくって…」

 ハヤテがアーチェリー部室に入ると、微妙に顔を赤らめながら小春が待っていた。

 「おとといは本当にありがとうございました。颯太も手術後の経過も良くって… 頼光さんのおかげです。それで、昨晩父にゲーム部に入ることを相談したのですけど…」

 小春はニッコリとしてハヤテに微笑んだ。

 「家族の命の恩人にお願いされたことを断るなんてけしからん! ぜひ頼光さんに協力させて頂きなさいって! それに困っている人がいたから手を貸しただけで見返りは求めていないとは、なんと立派な心がけの方なんだ、ですって」

 「やったー! じゃあ、兼定さんがPCゲームへ参加してくれるんだ!」

 喜びが大爆発のハヤテが小春の手をとった。

 「手を握るくらいに大喜びしなくても…」

 嬉し恥ずかしの小春にハヤテが声をかける。

 「兼定さんもこれからゲームの練習に行こうよ! 今日の昼特訓を黙って休んだから、夕霧さんに怒られると思っていたんだ! さあ、早く!」

 “夕霧サンと一緒だったのか…”

 ゲームでチームを組むのが、あのカワイイけどブカブカ制服の目の大きな女だったとは… 小春は気持ちが萎えたが、今さら断る訳にもいかない。


 「…夕霧さん、遅れてすみません…」

 ハヤテの呼びかけに返事はない。

 “なんて失礼なんでしょ、お里が知れるわね…”

 ハヤテと一緒に小春が目にしたものは、モニターに向かって前かがみになって黙々とゲームをする夕霧であった。

 「夕霧さんって上級者なの?」

 シロウト目にも普通ではない夕霧のプレー画面を見た小春はハヤテの耳元にささやく

 「いや、ゲームの飲み込みが早くって… 昨日始めたばっかりなのに俺のレコードラップにほとんど近いんだ…」

 「レコードラップ?」

 「そう、俺の自己最速タイム」

 「昨日始めて頼光さんの最速タイム!?」

 もうお手上げ、というゼスチャーをしたハヤテ 唖然とした表情の小春 そしてゲームを終わらせた夕霧が口を開いた。

 「ハヤテさん、来るのが遅いですよ! ところで、ハヤテさんがいうとおりレース場のコースを覚えないと話になりませんね」

 それまでモニターに集中していた夕霧だったが振り返ると小春を見つけた。

 「ハヤテさん、もう一人のメンバーを見つけてきてくれたのですね! 確か… アーチェリー部の方でしたよね?」

 「はい、兼定 小春と申します。このたびチームに参加させて頂きたいのですが…」

 「もちろん大歓迎ですよね、ハヤテさん! ってハヤテさんが誘ってきてくれたのですもんね! 私の方こそよろしくお願いします! 秋月 夕霧といいます!」

 「秋月さん昨日始めたばっかりなのに、もう頼光さんと同じ腕前なんですって?」

 「同じ腕前って言っても、競う相手のいない一人モードで、ずっと同じコースですから… まだまだ初心者なんです」

 “昨日始めたばかりなのにここまでできるなんて… 私も高校に入ってからアーチェリー始めたけど、今の状態になるまでだって簡単じゃなかった… 秋月さんは自分では初心者と言っているけど、とても尋常じゃない…”

 「そうだ、兼定さんもどうぞやってみてくださいよ!」

 夕霧は手に持ったコントローラーを小春に手渡した。

 「私、ゲームの仕方がわかりません…」

 「私も人にこのゲームを教えるほど上手くないし… ハヤテさん、兼定さんに教えてあげてくださいよ。私にしてくれたみたいに手で兼定さんの手を包んであげて」

 「頼光さんの手で私の手を包んで!?」

 悲鳴に近い声を上げた小春だったが、もう一押しされたら承諾するつもりだった。

 「ん… この様子だと俺じゃ無理だから、夕霧さんが教えてあげてよ」

 「じゃあ、兼定さん… イスに座って。私はそんなに上手くないから、期待しないでね」

 もう一押しがなかったことを残念に思う気持ちを表に出さず、小春はモニターの前にあるイスに浅く腰かけて背筋を伸ばし、つま先を閉じて座った。

 「すごく姿勢がいい! お嬢様みたいですね!」

 「そんなことありません。これが一番疲れないのです」

 「やっぱり私とは何かが根本的に違うわね… じゃあ、コントローラーを持ってください。はい、私が後ろから手を重ねますから…」

 「これがアクセル、つまり加速ボタンでこれがブレーキ、減速ボタン。ボタンを押す力加減で強さが変わります。そしてグルグル回るのがハンドル。いいですか?」

 小春は初めてゲームのマシンを操るが思ったとおりに動いてくれない。

 「体を横に動かさなくても平気ですよ… コントローラーを持つ手も左右に振らなくても大丈夫…」

 思いどおりに画面のマシンが動かなくてイライラした小春は舌打ちをしてしまい、夕霧も教えるのを中断してしまった。 

 「ごめんな兼定さん、俺が無理やりこんなゲームに誘って嫌な思いをさせて」

 ハヤテの声にハッとする小春

 「ごめんなさい、私… すみません、秋月さん… もう一度だけお願いします」

 深々と夕霧に頭を下げる小春

 「やっぱり私じゃ経験不足だったのかも… ハヤテさん、兼定さんに教えてあげてください」

 「えっ、俺でもいいの兼定さん?」

 ハヤテが問いかけるやいなや顔が赤くなって上げていられなくなった小春は下を向いたままうなずいた。

 ハヤテは小春の後ろに行くと、コントローラーを握る小春の小さな手を包み込むようにして一緒にコントローラーを操作した。

 「さっき夕霧さんと一緒にしたことと同じだからね… そう力を抜いてリラックスして、アクセルボタンは急に目いっぱい押さないで… ブレーキボタンも速度調整くらいの気持ちで… ハンドルも曲げたら戻すつもりでね… そうそう…」

 コースをハヤテと一緒に回り終わると小春は一気に疲れが出た。練習が終わってからしばらくして昼休みの終りを告げるチャイムが鳴り響いた。

 「頼光さん、どうもありがとうございました。秋月さん、本当にさっきは失礼しました」

 「いえいえ、私もそう言うことがあります。ゲームに夢中になるってことは、それだけ向上心があるってことですからオーライです!」

 「放課後は部活や委員会活動があるから、毎日昼休みにゲームの練習をすることにしよう!」

 夕霧は看護科棟へ、ハヤテと小春は一緒に教室へ向って行った。
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