ヤキモチ

文字数 1,993文字

ドアノブを回す音のあとにノックの音がした。

≪すみません! 誰かいませんか?≫

 二人して扉に向って目を凝らすとともに聞き耳をそば立てていた山崎先輩と渡辺先輩は、顔を見合わせうなずいてから何ごともなかったかのように互いに距離をとりあった。

 「ここはアーチェリー部の部室ですが、何か用事ですか? どなたですか?」

 大き目の声で山崎先輩が外へ呼びかける。

 ≪どうもすみません! 私は看護科1年の秋月 夕霧と言います! 図書委員のハヤテ、いえ頼光さんはいませんか?≫

 一瞬、ハヤテは返事をしそうになったが、小春に肘打ちをされたので声を出さなかった。

 「ちょっと待ってください! 扉を開けますから!」

 山崎先輩が扉を開けに向かうと同時にアイコンタクトをとると、無言で渡辺先輩は矢を作っている途中の器具の方に近づいた。

 「どうもありがとうございます。頼光さんに会おうと思って練習場に行ったのですが、誰もいなくて… それでこちらに来てみたのです」

 扉が開くと同時に夕霧の声がハッキリと聞こえてきた。

 「ここには頼光はいませんよ。僕たちはここで矢を作っていたところです」

 じっと机の上にある矢と器具を見ていた渡辺先輩が夕霧の方に顔を向けてニッコリと笑った。

 「それは失礼しました! 別のところを探してみます!」

 元気よくお辞儀をして夕霧は部室を出てどこかに駆けて行った。

 「ちょっとビックリしちゃったな!」

 おどけるように山崎先輩は渡辺先輩に声をかけた。

 「私たちも練習場へ戻りましょうか。また誰がくるかも知れないし」

 渡辺先輩と山崎先輩が一瞬だけ手をつなぎ、それから一緒に部室を出て行った。


 
 「あーっ! ホントに驚いたわ!」

 ロッカーから飛び出てくるやいなや小春は大声を出した。

 「さっき渡辺先輩が言っていたことは全部本当ではありません! 私に関する話は全部間違いですから!」

 続いて狭い所で小春に触れないように無理な姿勢をとり続けたハヤテが出てきて身体を動かした。  

 「山崎先輩と渡辺先輩があんなことをこんなところで始めるなんて… のぞき見ちゃいけないのは分かっていたけど、ふつうに目が離せなかったよな…」

 ワザとらしい小春の苦情 あえて小春に反応しない様子のハヤテ

 「それは… 私もそうだったけど…」 

 「あのまま夕霧、いや秋月さんが来なかったら…」

 あてもないようにハヤテはつぶやいてから小春の目を見る。

 「どうなっていたって… 私にわかる訳ないでしょ!」

 小春は真っ赤になってハヤテから目をそらして絶叫した。


 
 「ハヤテさん、ここにいたのですね! 話し声が聞こえましたよ! 校内を探し回ったけど、どこにもいないからまた来たんですよ」

 夕霧が嬉しそうにやって来て部室に顔を出した。

 「ハヤテさんがアーチェリー部だって言っていたから様子を見てみたいと思っていたんです。突然ですが今日は時間ができたのでやって来たんですよ」

 「ああ、それで来てくれたんだ! どうもありがとう、夕霧さん!」

 “『ハヤテさん』に『夕霧さん』ね…”

 「そう言えば、さっき練習場のあたりで先輩の人たちを見たわ… 一緒に練習しないの?」

 「今日は、先輩たちが練習をしているから… 俺たち新入部員は練習しないんだ」

 小春をチラ見するハヤテ ハヤテの視線を見る夕霧

 「今日はハヤテさんは練習しないんだよね。じゃあ、見学は今度にするね」

 ニッコリ微笑んで夕霧はお辞儀をした。

 「あ、ちょっと夕霧さん」

 「どうしたの、ハヤテさん?」

 「いや、何でもないんだ… また今度よろしくね」

 「うん、よろしくね」

 夕霧は長い袖の手をハヤテに小さく振って去って行った。


 「あの人は秋月 夕霧さん、っていうんだ。図書委員の人で今度一緒に受付の当番をしてるんだ」

 「さっきロッカーの中で一緒に聞いたから知っています」

 懸命に答えようとするハヤテへの小春の態度は冷淡に思えた。

 「実は、登校途中に夕霧さんの自転車のチェーンが外れて歯車に絡まって困っていたところを俺が助けて

 「秋月さんの自転車が故障しているのを頼光クンが直してあげたのね」

 「そうしたら、たまたま図書委員で同じ日に当番になって、俺はアーチェリー部に入部した話を

 「そこから後の話はだいたい分かりますから、もういいです。私は今日はもう帰ります」

 「それと、さっき夕霧さんに話しかけたことなんだけど」

 必死に話を続けるハヤテの方を小春は振り返った。

 「実は、夕霧さんの自転車を直してあげた時にハンカチを借りたんだけど、手が油だらけだったから、借りたハンカチも油だらけになっちゃって… ハンカチは返さないといけないけど、そのハンカチは洗っても汚いままだし、どうしたらいいか分からなくなって…」

 「そういうことだったのですか…」

 話を聞き終わると興味なさそうに小春は部室から出て行った。

 
 

 
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