入部
文字数 2,316文字
県立皆南高校の入学後の一週間は新入生の新しい生活への情報提供や慣らしの期間となっていて、身体測定や球技大会、そしてクラブ活動への勧誘の時間が設けられている。そしてこのクラブ活動が盛んで数多いのもこの皆南高校の特色の一つだった。
クラブは文化系と運動部系があるのは当然だが、あまり他の学校に見られない特色あるクラブ活動があり、ハヤテが皆南高校を選んだ大きな理由がこの点にあった。
「フゥ、筋力アップのサーキットトレーニングはこんなもんかな」
体育館内の壁の上部にあるガラス窓に沿っているカーテンの開け閉めに使うギャラリーにはダンベル、手首を強化するために巻き上げヒモと棒がついた鉄アレイ、腕立て伏せの時に負荷を高めるために足を上にあげるための折りたたみイス、腹筋台などが順番に揃えてありサーキットトレーニングと呼ばれている。
ハヤテはトレーニングで少し荒くなった息のまま館外に出て、体育館裏手にあるアーチェリー練習場に向かった。アーチェリーの練習場といっても人が横に二人並べることができるくらいの余り広くない空き地のようなもので、70mほど離れている的紙は約120cm四方で古くなって柔道場で使われなくなった畳に貼り付けてあるだけだった。
そんな練習場に着くと既に同じ新入生の女子が主に初心者が使う巻き藁に向かって矢を撃ち込んでいた。
「もう練習に来ていたんだ、え~と…」
「兼定です」
カネサダはハヤテの方へ視線を向けることもなく黙々と弓を引いては矢を射続ける。練習の際には上は学校の体操着に下は普通の制服のスカートを着ている。男子は上はやはり学校の体操着に下は自前のジャージのズボンだ。
“なんか近寄りがたいんだよな、この人… 短めのポニーテールも似合って見た目だけならとてもかわいいのにな…”
「あの、頼光クン」
まさに洋弓にストリング(弦)を張ろうとしているハヤテがカネサダの声に顔を向けたが、アチラはハヤテのことを見てもいなかった。
「練習前に巻き藁の向きを変えておくのは新入部員の仕事なのですから、サーキットトレーニングに行く前にきちんとセットしておいてください」
“ちょっとだけオレより早くに入部しているからってよ… 確かに正論なのはわかるけどさ…”
ハヤテは彼女のモノの言い方には大いに不満を持ってはいる。が、彼女の左腕につけている小ぶりなプラスチックのプロテクターに覆われない部分の腕についている、放した弦が勢いよく腕をこすってつけるひどいアオタンの跡を見ると彼女の練習への打ち込み具合がハンパないことがよくわかる。
「わかったら真面目に返事をすぐにしてください」
“あれは洋弓を打つのがヘタだからなんかじゃない… 自分が傷つくことも痛みも恐れていないで練習を続けている証拠だ… 俺にはとてもあそこまではできない…”
「ハイハイ、次から気を付けます」
「頼光クン、返事は誠意を持ってしてください」
突然、自分の顔へ向けられたカネサダの鋭い眼光にハヤテは射すくめられた。
「はい」
気をつけの姿勢になったハヤテはカネサダの目を見て返事をした。
「頼光クン、私はアップが終わったから的を撃ちます。危険ですから勝手に射場には入らないでください」
ハヤテの目を見ながらカネサダは感情のこもっていない声で告げた。
シュッ!
矢を放つ音のする方向をハヤテが目で追うと中央にある9点と10点の黄色い円に矢が緩い弧を描いて吸い込まれていく。
“悔しいけど、あいつにはホントに才能があるんだよな…”
自分の巻き藁に向って撃つアップを終えたハヤテは、カネサダが放った矢を的から抜いて戻って来たタイミングに合わせて自分も射場に入り、カネサダに並んで立って洋弓を撃ち始めた。
腕の力はカネサダよりハヤテの方があるのは間違いないが、高得点部分のイエローサークルへはカネサダの矢の方がたくさん命中する。
“いくら弓の張力が俺の弓より軽いといっても、体格から考えると同比率だし… やっぱり俺負けているよな…”
カキン!
そんな考えごとをしていたハヤテの耳に金属が固い物にあたって跳ねる音が突然入ってきた。その方を見ると、側壁にあたった矢が不規則な動きをして地面へコースアウトしていった。
“ときたまミスするんだよね… プラウイングの接着が甘いんだよね、アノ人”
実は使っている矢は部品を買って来て自分たちで作っている。アルミのシャフト管を自分の腕の長さに合わせて切断し、プラウイングとストリング(弦)を挟むノック、先端のポイントを接着剤で貼り付ける。アノ人は接着剤の量が少ないのに短時間しかかけないのでプラウイングが剥がれやすい。何度かハヤテも説明してはいるんだが…
「またウイングが外れたのか? オイオイ気をつけろよ」
「本人も分かっているわよ… でも、小春も本当に注意しないといけないわね」
カネサダが苦虫をつぶした顔をしているところに2年生の山崎先輩と渡辺先輩が連れ立って練習場にやって来た。
「ハイ未央先輩、今後は十分に注意します」
直立不動からの90度お辞儀を渡辺先輩にしてカネサダは謝り、道具を片付け始めた。
「もう行くわよ、頼光クン」
「もう行くって、俺まだ練習始めたばっかりなんだけど…」
「先輩方が練習をするのだから私たちはもう練習を終わらないと」
カネサダの鋭い視線に抗うことができず、ハヤテは自分も道具をしまい始めた。
「別に俺らと一緒に練習を続けても構わないぞ」
「いえ山崎先輩、私は頼光クンにプラウイングのつけ方を教えてもらいますので。お先に失礼します」
カネサダはハヤテの袖を引っ張るとそそくさとその場を去った。
クラブは文化系と運動部系があるのは当然だが、あまり他の学校に見られない特色あるクラブ活動があり、ハヤテが皆南高校を選んだ大きな理由がこの点にあった。
「フゥ、筋力アップのサーキットトレーニングはこんなもんかな」
体育館内の壁の上部にあるガラス窓に沿っているカーテンの開け閉めに使うギャラリーにはダンベル、手首を強化するために巻き上げヒモと棒がついた鉄アレイ、腕立て伏せの時に負荷を高めるために足を上にあげるための折りたたみイス、腹筋台などが順番に揃えてありサーキットトレーニングと呼ばれている。
ハヤテはトレーニングで少し荒くなった息のまま館外に出て、体育館裏手にあるアーチェリー練習場に向かった。アーチェリーの練習場といっても人が横に二人並べることができるくらいの余り広くない空き地のようなもので、70mほど離れている的紙は約120cm四方で古くなって柔道場で使われなくなった畳に貼り付けてあるだけだった。
そんな練習場に着くと既に同じ新入生の女子が主に初心者が使う巻き藁に向かって矢を撃ち込んでいた。
「もう練習に来ていたんだ、え~と…」
「兼定です」
カネサダはハヤテの方へ視線を向けることもなく黙々と弓を引いては矢を射続ける。練習の際には上は学校の体操着に下は普通の制服のスカートを着ている。男子は上はやはり学校の体操着に下は自前のジャージのズボンだ。
“なんか近寄りがたいんだよな、この人… 短めのポニーテールも似合って見た目だけならとてもかわいいのにな…”
「あの、頼光クン」
まさに洋弓にストリング(弦)を張ろうとしているハヤテがカネサダの声に顔を向けたが、アチラはハヤテのことを見てもいなかった。
「練習前に巻き藁の向きを変えておくのは新入部員の仕事なのですから、サーキットトレーニングに行く前にきちんとセットしておいてください」
“ちょっとだけオレより早くに入部しているからってよ… 確かに正論なのはわかるけどさ…”
ハヤテは彼女のモノの言い方には大いに不満を持ってはいる。が、彼女の左腕につけている小ぶりなプラスチックのプロテクターに覆われない部分の腕についている、放した弦が勢いよく腕をこすってつけるひどいアオタンの跡を見ると彼女の練習への打ち込み具合がハンパないことがよくわかる。
「わかったら真面目に返事をすぐにしてください」
“あれは洋弓を打つのがヘタだからなんかじゃない… 自分が傷つくことも痛みも恐れていないで練習を続けている証拠だ… 俺にはとてもあそこまではできない…”
「ハイハイ、次から気を付けます」
「頼光クン、返事は誠意を持ってしてください」
突然、自分の顔へ向けられたカネサダの鋭い眼光にハヤテは射すくめられた。
「はい」
気をつけの姿勢になったハヤテはカネサダの目を見て返事をした。
「頼光クン、私はアップが終わったから的を撃ちます。危険ですから勝手に射場には入らないでください」
ハヤテの目を見ながらカネサダは感情のこもっていない声で告げた。
シュッ!
矢を放つ音のする方向をハヤテが目で追うと中央にある9点と10点の黄色い円に矢が緩い弧を描いて吸い込まれていく。
“悔しいけど、あいつにはホントに才能があるんだよな…”
自分の巻き藁に向って撃つアップを終えたハヤテは、カネサダが放った矢を的から抜いて戻って来たタイミングに合わせて自分も射場に入り、カネサダに並んで立って洋弓を撃ち始めた。
腕の力はカネサダよりハヤテの方があるのは間違いないが、高得点部分のイエローサークルへはカネサダの矢の方がたくさん命中する。
“いくら弓の張力が俺の弓より軽いといっても、体格から考えると同比率だし… やっぱり俺負けているよな…”
カキン!
そんな考えごとをしていたハヤテの耳に金属が固い物にあたって跳ねる音が突然入ってきた。その方を見ると、側壁にあたった矢が不規則な動きをして地面へコースアウトしていった。
“ときたまミスするんだよね… プラウイングの接着が甘いんだよね、アノ人”
実は使っている矢は部品を買って来て自分たちで作っている。アルミのシャフト管を自分の腕の長さに合わせて切断し、プラウイングとストリング(弦)を挟むノック、先端のポイントを接着剤で貼り付ける。アノ人は接着剤の量が少ないのに短時間しかかけないのでプラウイングが剥がれやすい。何度かハヤテも説明してはいるんだが…
「またウイングが外れたのか? オイオイ気をつけろよ」
「本人も分かっているわよ… でも、小春も本当に注意しないといけないわね」
カネサダが苦虫をつぶした顔をしているところに2年生の山崎先輩と渡辺先輩が連れ立って練習場にやって来た。
「ハイ未央先輩、今後は十分に注意します」
直立不動からの90度お辞儀を渡辺先輩にしてカネサダは謝り、道具を片付け始めた。
「もう行くわよ、頼光クン」
「もう行くって、俺まだ練習始めたばっかりなんだけど…」
「先輩方が練習をするのだから私たちはもう練習を終わらないと」
カネサダの鋭い視線に抗うことができず、ハヤテは自分も道具をしまい始めた。
「別に俺らと一緒に練習を続けても構わないぞ」
「いえ山崎先輩、私は頼光クンにプラウイングのつけ方を教えてもらいますので。お先に失礼します」
カネサダはハヤテの袖を引っ張るとそそくさとその場を去った。