決意
文字数 2,305文字
「夏休み直前の日曜日に県内の高校のアーチェリー部の新人戦があるぞ」
1学期の期末テストを目前に控えた時期の部活の練習中、部室に戻ろうハヤテと小春に山崎先輩が声をかけた。
「兼定と頼光、もちろん二人ともでるよな?」
その時、二人の頭に浮かんだのは夕霧に頼まれていた技科高とのゲーム対抗戦の日程と全く同じ日だということだった。
「ちなみに山崎先輩、その大会はどこであるんですか?」
二人が当然参加するものと思っていたので、山崎先輩は不審そうな顔つきをしてハヤテにたずねた。
「まだお前は知らないだろうけど、県北部の山の中にある奥比地国際アーチェリー場だ」
「それじゃ学校からは遠いんですよね… どのくらいの時間がかかるのですか?」
「そうだな、新屋町のバスターミナルからバスに乗って80分かかって片道610円だ。1時間に1本くらいしか運航していないから気をつけるところだな」
「それと…」
「それと?」
「大会は何時に始まって何時に終りになるんですか?」
「去年は確か…」
「誰かさんが行きのバスに乗り遅れたんで、親の車に乗せてきてもらって8時の集合時刻に何とか間に合って、11時30分に終わった試合の後、午後1時発の帰りのバスに乗る直前にその人はサイフを持って来ていないことに気がついて同級生の女の子に泣きついていたわね」
横で話を聞いていたらしい渡辺先輩が詳しい説明をしてくれた。
「とにかく何か気になることがあるか、頼光?」
バツの悪そうな山崎先輩がハヤテにたずねた。
「いえ、別になんでもありません」
ハヤテが山崎先輩から目をそらすと小春の視線に気がついた。
「そう言えば、ちょっと親にも話をしておかないといけないな」
わざとらしく周りに聞こえるような独り言をいってハヤテは部室へ早足で向かった。
「私も失礼します」
いつもと違って慌ただしくお辞儀をして小春もハヤテを追うようにその場を去った。
「ねえ頼光さん、どうしたらいいかしら?」
部室の扉を開けながら小春が呼びかけると、ハヤテも部屋の中で首をひねっていた。
「俺はアーチェリーの新人戦を諦めるしかないな… ずっと俺は高校ではE―スポーツ、つまりPCゲームをやりたかったんだ… 高校選ぶ時に皆南にゲーム部があるって聞いていたからてっきりE―スポーツができるのかと思っていたんだ。そうしたら皆南にあるのはボードゲーム部だったんだ…」
ハヤテの顔を見つめて話に聞き入る小春
「オンラインでPCゲームもできるけど、やっぱりすぐ近くに対戦相手がいる方が燃えるし盛り上がる! 俺はE―スポーツができるこのチャンスを逃したくないんだ!」
「私はアーチェリーもゲームも両方頑張りたいと思っている。私は稀な血液型のせいで身体を動かしたり激しい動作をする運動を控えさせられてきたの。でも、私は運動競技をやりたかったから自分に条件の合うアーチェリー部のある皆南を選んだ。そして今とても充実しているクラブ活動が過ごせているの」
ハヤテの目を見る小春
「それにPCゲームをするのは初めてだけど、とてもいいチャンスだと思っているの。PCゲームって今までくだらないものだと思っていたけれど、秋月さんがプレーするのを見て本当にスゴイと思った。まだ始めたばかりだけど、頼光さんや秋月さんに追いつきたいし、
一緒にチームとして戦って競って行きたいの」
「アーチェリーの新人戦とPCゲームの対抗戦は同じ日だけど、どうしようと思う?」
「確かに新人戦の会場は山奥にあって交通手段のバスも1時間に1本しかないけれど…」
「技科高との対抗戦の開始時間は確か午後2時だったよな… 午後1時に会場からバスに乗って2時20分にバスセンター着だけど、バスセンターから技科高までは路面電車で10分だから、どんなに早くても2時30分にしか技科高に着けないぞ…」
険しくなるハヤテの顔
「私の順番を3番目にしてください、頼光さん」
「3番目だと予定では3時30分開始だ。それに普通は大将戦だぞ… 相手に頼んで対戦相手の順番を変えてもらおうか?」
「ううん、戦う順番も戦略の一部だからこちらの都合で順番を変えてもらう訳にはいかないわ。私は何番目で戦っても恥ずかしくないように準備します」
ガチャ
部室の扉が開いて山崎先輩が入って来た。
「まだ二人ともここにいたのか」
「山崎先輩、お話ししたいことがあります。俺、新人戦に出ることができません。その日には先に約束があって… 申し訳ありません」
「新人戦はこの機会しかないけど、いいんだよな」
「ハイ」
ハヤテは山崎先輩に一礼して部室を出て行った。
「兼定、お前は新人戦に出るんだよな」
「ええ、私は参加します。そのために一生懸命に練習をします」
「そう言えば、兼定は何で頼光のことを邪険にするんだ? 地味だけどいいヤツなのに」
小春は顔から耳までが一瞬で赤くなった。
「頼光が見学に来た時に兼定が自分の使った弓を合皮のケースに入れようとして、とても苦労してじゃないか。ケースは弓にピッタリに作ってあるから、弓を押して反らせないとうまく入らなかったんだよな」
黙ったまま下を向き続ける小春
「確かまだ扱いに慣れていない兼定には弓は長すぎたんだった… その時は簡単には押せなかったんだろ。それを見ていた頼光は黙ったまま兼定を手伝ったんだった。頼光が出て行った後に兼定はとても嬉しそうにしてたよな。それにあの時は頼光が入部しないか気を揉んでたじゃないか?」
「山崎先輩、し、失礼します!」
小春は山崎先輩に勢いよく頭を下げてから逃げるように部室を飛び出て行った。