走馬灯

文字数 2,075文字

 いろんな人たちに出合い、いろんなことにチャレンジし、いろんなことがあった、あの高校1年生の頃から6年後、頼光ハヤテは生命・科学・医療の研究を目的とした機関の介護施設で働いていた。

 自分自身も稀な血液型ということもありこの機関の研究に協力でき、また自分もこの分野で人の役に立ちたいという生まれ持った強い気持ちから、この機関のオファーを受けた。

 「頼光さん」

 物品庫内にいたハヤテはこの機関の研究者から声をかけられ作業の手を止め、声のする方を見た。

 「皆南高校の養護教諭の清水先生じゃないですか。ここで一体何をされているのですか?」

 「その呼び名は懐かしいわね。ここでの職名は清水助教なの。血液センターに依頼して高校在学中は1学期に1回あなたの血液を高校で採血していたわね」

 「はい」

 「今はあなたもこの機関の職員だから、今後の業務への情報提供を兼ねてあのころ高校で行われていた秘密のことを教えてあげるわ」

 「皆南高校での秘密?」

 「ええ、あの地域にいる有力者の子女の健康や生命を維持するために、その病気やケガに備えて、必要となる臓器類をいつでも提供できるように皆南高校には臓器提供者が配置されていたの。その臓器提供互助会への提供者が秋月 夕霧だった」

 「えっ、夕霧さんが!?」

 「そう。あらゆる血液型の相手に拒絶反応が起きないようにO型でRh-(-)(-)ヌル型の血液型で設計されていたのよ。これはお金がかかるわよね」

 清水はあきれたような声を出していた。

 「それにあの子は臓器が早く育って収穫できるように設定されていた。通常の人間が1年間に1歳分成長するのに対して、あの子は1年間に通常の人間の5倍成長するようにしていた。だから、あの高校1年生の時に普通の人間の年齢では3歳で15歳分の成長をしていたの」

 「普通の人間の年齢では3歳で15歳分の成長!?」

 「あなたも知っているでしょ、あの子が4月から7月までに急激に成長したことを。第2次性徴期にあたっていたからビックリしたでしょ」

 “だからあのとき自転車に乗ってもつま先立ちじゃなかったんだ”

 ハヤテは夕霧の体の変化の疑問が解けたが、納得はできなかった。

 「そして肉体面だけでなく、学習面や技能面においても顕著な発展が見られたでしょう」

 あのレースゲームの異様な上達もつながっていたとは…

 「あの年度の3学期に秋月 夕霧に初めての臓器提供事例があった」

 “あの時には初めて会った時にブカブカだった冬の制服が確かピッタリフィットしていた”

 「確かにあの時を最後に夕霧さんは転校していなくなったけど… 同時に2人が休学と退学をしたはずだ。アーチェリー部の渡辺先輩と山崎先輩だ」

 ハヤテは記憶をたどり始めた。

 「もともとあの二人はデキているっていうウワサで有名だった。部室の中でキスしているところを見たという人も多数あった。だから、3学期途中という中途半端な時期に急に女の渡辺先輩が急に休学して病気治療に専念すると言い出して、男の山崎先輩が退学したのは『男女のそういう事情』が原因だと誰もが思った」

 「実際に地域の有力者の愛娘は内臓に疾患を抱えていた。娘の人生の保険として臓器提供互助会に入っていた有力者は、提供者の臓器が娘の体に適合する大きさに成長するまで待っていたっていうのが本当のところね」

 「じゃあ、山崎先輩の退学の方は?」

 「臓器提供に関係しないから私にはわからないわ。でも、娘の適法とは言えない臓器移植の秘密の口止めだったんじゃない? 次の過分な転学先を確保してあげたうえでね」

 「夕霧さんが急に転校したのも…」

 「さっきの話のような先例ができたから臓器の提供に専念しなければならなくなった、からかな… 肉体的にも精神的にも完全な臓器が育つように秋月 夕霧は高校に通わされたけど友達もできたからよかったんじゃないかな…」

 “そのような動きを察知して夕霧さんはクリスマスに俺を誘って抱いて欲しがったのか”

 「でも、全てのことが結局は夕霧さんのためじゃなく、提供をしてもらう方のために考えられているよね」

 清水は苦笑いをした。

 「頼光さん、これからの大切な仕事のひとつだから、ついておいで」

 清水はハヤテを物品個から連れ出した。白い壁と白い床の通路を歩いていき個室へハヤテを招き入れた。

 「今は寝ているから静かにね」

 清水の声にうなずいて黙ったままベッドをのぞき込んだハヤテは息を飲んだ。

 「一般の人間では50歳くらいだけど綺麗な顔をしているでしょ。 それと、ここに来てから、こんなに汚れたままのハンカチをずっと枕の横に置いているのよ。」

 ハヤテの脳裏には高校1年生の時の思い出が本当に走馬灯のように浮かんだ。

 “クリスマスの時、18まで待ってと言わないで、その場ですぐにキスしてあげればよかった…”

 「もうすぐ角膜の移植をするのよ…」

 「そうしたら俺が夕霧の目になります」

 ハヤテの声に夕霧は目を覚ましたようだった。

 「フルーツバスケット」

 ハヤテはつぶやくと両方の手で夕霧の両手を握った。
 
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