第22話

文字数 1,226文字

 あいつは今も生きていることを後悔している… これぞ後悔というものだ、他にどんな後悔もあり得ない… あの時死んどけばよかったと… あの時? いつの時だ、いつだって… 毎晩死にてぇ死にてぇと… 習慣になってるじゃねえか… あいつはいつも死にたがってんだ、どんな時も、どんな時も!
 お分かりかな? そういう人間が存在していることを。死ぬことがいつも最高最上… 自分がいなくなるということ、これ以外の望み、これにまさる望みはあり得ない… 幸せ? そんなものはないよ、どこにも! あるとしたら死ぬ瞬間だ… 死ぬ瞬間にやっと笑える、心底から! 嘘でなく!
 それまでは苦渋、難儀、くるしみの連続さ… 笑うとしたら作り笑い! 子どもの頃に終わったよ、本心からの笑いなんて! ここに住んでるヤツ、みんなそうさ… ごまかすこと、それがほんとうのことだと思っているかねえ! やれやれ! 欺瞞、欺瞞! 自己欺瞞からはじまっているんだねえ、ここの住人全員が、やっぱり!

 まったく、なんで生きてんだろうねえ? 何を目的に、何を目指して? たいしたものではないと思うがね… せいぜい名誉欲、それに反する自由欲… 物に困らない生活、ほかの人より… 認められること… 何のため? なんという習慣! 日常茶飯事の欺瞞に溢れ、その水でのうのうと泳いでる… おい、いつまでこんなことを? 誰も読まんぞ、おい! それはこっちの! あっちにゃ、届くやつが届く… こっちとしても複数いるんでね… 単体じゃないんだ、霊ってのは… あっちにそっちに! 縦横無尽、この世狭しと傍若無人!
 こいつ、まだ生きてるぞ… そりゃそう、死にたいだけだからねえ! もっと思え、死にたいと! ネタには事欠かない! 満ち足りているぞ、死にたい材料には! 具材をうまく調理するんだ… そして死ね! 念願の、大ご馳走! 心ゆく一瞬、そのために生き、そのために死ぬ… 自業自得、万歳!

 手さぐりで… 盲目のまま… 本能のまま… お前の本能は死にたいだった… 本望は? 本望はどこだ、忘れちまった… 生きたいも死にたいも生命さ… 少々の意思と… 大さじ一杯の偶然で… 運命に意思は存在しない、それは常に手中にあり、手外にあり… 誰の? 存在する物と、存在しない者の… 内にあり、外にあるんだ… 第三者の目、お前かお前以外のものの目… お前か? お前以外か? どっちにしたところで!
 お前だと思えばお前になる、お前以外と思えばお前以外だ… そのどっちも運命の宇宙内だとするなら、もうおしまい! いや、そこから始まって… 終わりながら、始まりながら… まわるのさ、まわる
 素晴らしいメリーゴーランド… 上下に、ゆっくり… まわる、まわる! この世はあの世、あの世はこの世… おい、何も死にいそぐことはない! 生きいそぐことも… 好きなようにさせてやれ、あいつも… 各々の部屋で、壁一つ隔てた内側、内から外へ、外から中へ、中から…
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