第6話 402、202

文字数 1,466文字

 どこに行っても人人人だ。マンションに住もうが一軒家に住もうが、人がいる。
 管理会社のすることと言えば、掲示板に注意書きを貼り付けるだけ。何も変わりはしない、「我慢しなさい」子どもの頃から聞き慣れすぎた文言。溢れてこぼれて、空焚きの鍋。にしてもこの2DKに一体何人いるんだ、302は。赤ん坊の声、夫婦の声にジジババの声。朝から夜中から、どうやって寝てるんだ、郷里から孫を見に来て泊ってるんだ。

 壁なんて無いようなもんだ、すべて筒抜け! 笑い声、泣き声、箸の音、食器の音、お祭り騒ぎ。303は耐えているのか、上下の階の人たちは? 緊張する、こっちの音も向こうに筒抜ける、屁もこけやしない、監視されてるようだ、くつろげやしない、あっ音が! 自分の腹の鳴る音に驚く… こんなんじゃとてもじゃないが生きてけない…
 どうしたら気にしないでいられるか、音、音、音、トイレに行くのも死にそうな気持ち、咳ひとつ、くしゃみひとつが! 冗談じゃない、金を払ってなんでこんな。

 人がいる、どこにだって人がいる、どこに行ったって! 人を呪わば穴ふたつ… こればっかりは! 住んでみなきゃあ分からない、どんなに気に入った部屋だって、隣人や上下の住人は分からない。そいつらが大きな環境問題だ、何より大きな、何よりも大きな…
 ああ、人のいないところへ行きたい! そこで生きていたい! ところが私も人だった、人のいないところは私のいないところ、つまりは死の世界。人を殺傷するにしても、私は人である、自分を殺傷するに同等!

 大雑把さと細やかさ、〈一人一人〉がみんな違ってそれでも〈人間〉一括り! 人間に埋もれりゃ個が死んで、個を重んじりゃあ人間が軽視され、どっちつかずの曖昧さ、それを人は「やさしさ」とか「平和」とか呼び… 呼ぶまでもなくそれを当然とし、人をじわじわなぶっていく、当然、この恐ろしさ、その無自覚。わざとすることも気づかぬふりして、当然の雲に乗って猪突猛進、当然のことと省みもしない!
 たいしたタマだ、無敵の当然、何も考えていないに等しい当然

 生活音だから仕方ない、と暗黙の同意を求め! みんながこうしてると同意を求め! 私だけじゃないと同意を求め! 当然のごった煮のできあがり… 何でもありだ、なぜ当然なのか考えもせず! 自分だけが良けりゃあいいんだ… みんなそうだろう?
 さあ戦争だ、始まった、402と202が徒党を組んで302に突撃! 警察が来た、言葉だけじゃ済まなかったんだ、メディアでも報じられたがこんな不幸は日常茶飯事、誰も見向きもしなかった、この近所を除いては。
 手抜き工事が原因だったんだ、誰も取り上げなかったが。工期を守るため、粗利を得るため… みんなそうしているさ!大手は特に! ぬかりなく! そうしてみんな成長し、でかくなっていくんだ、ガキが大人になるように!

 悪徳も、みんながすれば道徳だ、人の道! こうして塗りたくられてく、倫理もへったくれもなくなって! 品はなくなり、徳は地に堕ち… 〈立派な〉親鳥が雛に餌を与え! みんながこうしているんですよ、みんなが!
 ところで上下階の住人、とっ捕まって豚箱だ。302はしばらく静かだったが、また騒ぎだした… どっちが被害者だか加害者だか分かりゃしない…
「こっちは下請けで!」まだ声がする、「このご時世です、このご時世です」同意を求めてくる、鉄筋鉄骨、これなら大丈夫と思わせぶりな2DK賃貸住宅、この見た目が、外装が。壁の隙間から良心が、まだ残ってた良心が邪魔だとばかり埋められてく…
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