第8話

文字数 1,273文字

 〈死〉も観念だ。それがその身にやって来るあいだの。
 それまでは何でもない。101号室の奴が死んだところで。当人、死んだことさえ気づいていない、気づくのはいつもまわりの人間だ。「間」が埋まる、人と人の壁がなくなる。生きてるあいだには気づけない、築けない、その存在も関係も。死してやっと。
 彼は自由に解釈される、彼は異を唱えない、どんな解釈も受け容れる。彼という書物の筆者はまわりだ、彼はどこにもいない。今までのように、彼はいてもいなくても同じだったのに、〈死〉がわれわれを掴む、われわれは同じ〈生〉の世界にいたことを目の当たりにする… それまでと、何も変わっていないのに。ただの〈死〉、101の人間が死んだという、ただそれだけで。老婆だった、孤独死だ。102、202、近くに人はいたんだが。

 また警察が来た。彼らの仕事だからだ。事件性はなし。老婆であったところの物を見る… 現場検証、いかにも何もなく。救急隊員は不満顔、死んだ人間をどうしろと? 生きてりゃ話も聞けたが。用なしだ。
 生きてた時も用はなかった、老婆は彼らの世話になったことはない。
 死から救うのが彼らの仕事、生を守るのが彼らの仕事。それ以外、何の意味もありゃしない。生死を超えてしまったものは… 寺の坊主の仕事。それだけ。何の意味もありゃしない。
 いつだってそうだ、繰り返されてきただけのこと。爆弾がここに落ちるのも、人と人が殺し合うのも。何の意味もない。残るのは死、それを見る人間が〈死〉とする死。誰もいなけりゃあ生も死もなく。

「だから認められたいんだ」504のネット小説家がひとりごつ。承認願望の正当化。自己満足するためのツールなら事欠かない。駆使する。むなしさが恐いんだ、むなしさをむなしさでまた埋める。むなしさだけあってキリがない。無限の可能性、無限の希望、無限の絶望。むなしさなんて無い!とまで麻痺したサーフィンの達人。泳ぐわ泳ぐわ、「これが世界だ」と言わんばかりに。
 よく笑わずにやってられるものだ。いかにもまじめ、大まじめに。いずれ気づくか、そのままか。自分の自己確認に使えばいいだろうに、なぜ承認されたがる? 他者を使って、他者をアテにして。
 ヤラセの世界に浸りきったら、もう贋物と本物も分からなくなる。いかに本物に見せかけ(・・・・)ようかと、うわべだけのテクニックに走る。私たちを利用して!

 つくづく思うんだがね。私たちは死に体だよ。いつ生まれたのかもわからんが。売り言葉に買い言葉。金銭の授受、疑わない当然、借り衣装に身を包み、〈これでどうだ〉とひけらかし。
 それが俺ら言葉の運命とはいえ、あまりといえばあまりの使われよう!
 墓さえ立たぬ、われら言霊には。いや、われわれが墓場だったのでは? 思いの、思慕の。思い出の。
 形にされりゃ、一つ終わるからね。そうして一つ、また一つ。エクトプラズム、無限の魂! 有限のくせにしゃしゃり出る。
 通路を歩けばドアが開く、何の意味もない、朝のゴミ出しだ。カレンダーと時計、カレンダーと時計…
 おはようございます! 意味はある、大ありだ…
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