第7話 504、505

文字数 1,478文字

 一体俺らは役に立っているんだろうか。
 俺ら、使われたって、近所のケンカ一つ止められやしない。警察沙汰になったところで、依然こいつらはお互いに無関心だ。上下左右、誰が死のうが生まれようが… いつものように出勤、帰宅、箱の中の生活があるだけで… その「家庭」の中だってイヤホンで耳を塞ぎ、誰とも会話をしようとしない。ひとりひとりが3.5インチの画面に釘付けだ。人間関係は面倒臭い、ひとりでいるに限るよ。仕方なく関係してるだけでね、職場でも家の中でも。

 誰とも関係なんか持ちたくない。これが彼らの本音、つまり俺らは人と人との間に生きることはなくなったんだ。〈空間〉と〈時間〉には敵わない。存在してるのはただの肉体だけで、その口から出る俺らは一瞬でお陀仏、日当の入る預金通帳を片手に坊主が経を読む、ナンマイダナンマイダ… 何言ってんのか理解不能、喪服着た連中はただ行事を済ますだけ。

 〈時間〉だって型に当てはめられて、不祥事起こした企業の代表者が頭を下げる… 5秒間! 彼らの頭の中は秒数を数えてるだけ。謝罪の気持ちなんかどこ吹く風、1、2、3… 45度の角度で5秒間、はい終了。
 なにごとも形、形。形式第一。俺らも象形されたものだったからね、何とも言えねえや。
 これでも昔取った杵柄、まだ信じられてる仲間もいそうなもんだが。

「言葉なんて信じられないよね」言葉を使って彼らが言う、そりゃそうだ、愛してる愛してる、あんなに言ってたあいつだってさっさと浮気の虫にやられ、もう帰ってきやしない! 505号室… 信じられるもんかい。
 もしもし、お嬢さん、それは俺らの罪じゃない…

 固定観念の化物ども、よく聞くがいい。この人はこういう人だ、あの人はああいう人だ、だからこういうことを言うだろう、ああいうことを言うだろう、そう決めつけてんのはお前自身だ、そこから関係が始まってる… ちょっとでもイメージから外れりゃもう「まさかあんな人が!」って。
 イメージ通りなら、まさかとも思わず。

 関係してると言えるのかね? 誰と関係してるのかね? 自己都合の鬼。
 言わぬが花、沈黙は金、俺らはもう使われたくないよ。こいつらは俺らを信じられない、傷つきたくない、いやな思いをしたくないと避けているくせに、俺らを使ってしかコミュニケイトできやしない。
 おしゃべりな男は嫌いだと言いながら、自分はべらべらべら…
 504号室、ここはネット小説家が住人だ、隣りはそいつの愛読家、お互い知りもしない。手前のことだけで一生懸命なんだ、スクロールスクロール、指だけの一生懸命。
 誰も真ん中を見やしない、そこは手抜き工事の職人技。
 真ん中は相手と相手の間にある。自己の中心じゃない、俺らはそんな!
 戦争で何もかも吹き飛ばされなきゃ助け合うこともできない。原発も空元気、いつでもスタンバイ。そんなことはどうだっていいんだ、手前の箱庭の居心地さえ良ければ。

 もう使われたかぁないよ、人間はもう人間でなくなった、「間」の抜けた、ただの人。ありがたきは壁と床、503、502、501…
 吹っ飛ぶさ、いずれ。問題は、それまでの時間だ、どうせわれわれは死ぬ。これ以上真のものは無し。個々人も集団も個室も集会所も。いっさいが。死に向かう… それまで、どう

と向き合うかだ、肝心なのは。それ以外ないのも、また真。意味がない? どうせ死ぬのに? それがわかっているのに? 健康食、睡眠、元気でいてくれ、発露の行為も死に喰われるというのに?
 記録しろ、事実を。見つめろ、醜悪なものを。そこから始まるんだ、この世のぜんぶ。
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