第9話 503

文字数 762文字

503の住人は自殺志願者だ、いつも自殺のことばかり考えている。
寝る前には「死にたい」、起きては「死にたい」、何をしていても「死にたい」…
死ぬというより、消えたいんだ。
そりゃそうだ、全面的に同意する、生きてたって、なあ。

彼女はひとりごちる、死にたい、と。
── こんなふうに使われると、嬉しいものだ、われわれ言葉としても。
だって彼女は死に慰安をみているんだ、死にたい、そう口走ることで…
慰めなんだ、唯一無二の安息。

誰とも解り合えることなんてないんだ。
われわれ言葉は… ひとり、自分の中に、自分に向けてしか、もはや響かない。
人間どうしが、われわれを信じられなくなっちまったんだから。

こんな愚劣な生き物はないよ。
信頼も友情も尊厳も、みんなネットに乗っ取られちまった。
コンピュータの奴隷、スマホとAIの従僕。

会って話すより、ネットがいいんだって。
みんな孤独なもんだ。

彼女、仕方なく生きてる…
正直だな。
だからよけい、生きにくいだろうな。

口達者で、脳でばかり話す人間たち。
口八丁手八丁、うまくやることばかり考えて。
うわべだけに捕らわれて。
そういう人間ばかりが重宝されるのだからね。

言葉もうわべには違いない。
けど、ほんとか嘘かぐらい、わかるよ。
それすら分からなくなったほど、嘘がほんとになっちまった。
堕落したんだよ、われわれ言葉の使い手は。

染まってはいけないものに、とことん染まって…
染まったことにすら気づかない、本物だ。

彼女、どうか生きとくれ。
ぼくら、そんなふうに使われて嬉しいよ。
自分のために使っとくれ。
そこに嘘はないだろう?
まさか、そこまで…
いや、彼女はきっと気づいてる。
自覚できてる。だから死にたいんだ。
そこに嘘はない。
もっともっと言っとくれ、使っておくれ、われわれを。
死なないどくれ。
使っておくれ… おもうぞんぶん、使っておくれ。
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