ビコーズ・ラブ・ユー 4

文字数 2,487文字

 右へ、左へと曲がりながら山道を上っていた。竜運搬車(りゅううんぱんしゃ)は巨体を揺らして二人と一頭を運んでいく。ジュナはサイドミラーを覗いた。たまに青いオートバイが映り込むのを確認して、遅れていないと安堵する。

「ジュナちゃん、疲れてないか? 休憩は?」

 慣れた様子でハンドルに手を置くコクが、視線を前方へ向けたまま問いかけた。ジュナは首を横へ振って笑いかける。

「大丈夫です。ヴァランさんは、どうですか?」

 問い返した途端、コクは恥ずかしそうに片手をひらひらとさせた。

「コクでいいぜ。オレも、ジュナちゃんって呼んでるし」

「わかりました、コクさん」

「うむ、よろしい」

 コクは朗らかに笑った。明るく、周りを陽気にさせる笑顔だった。ジュナは、つられて笑ってしまう。

「竜運搬車の免許、持っていたなんて驚きました」

「まあな。最初からライダーで稼げるのは、グレンやアウルみたいな、ほんの一握りの連中だけだ。オレには故郷で待ってる家族がいたからな、稼ぐためには必要だった」

 語るコクの横顔は、懐かしむようでも苦しむようでもあった。いつも調子の良い彼が、そんな苦労を抱えていたとは知らず、ジュナは黙り込んでしまう。

「オレはグレンより遥かに勉強できるから、免許取得試験なんて楽勝だったぜ」

 コクが舌をちょろりと出し、器用に片目だけを(つむ)ってみせた。その、ひょうきんな様子にジュナは笑いを吹き出す。

「グレンが聞いたら拗ねますよ?」

「いい、いい、拗ねさせとけ。あいつはバカな分、竜乗りが上手いんだから文句言いっこなしだ」

 山道は続く。くねくねと曲がって、二人の笑い声も運んでいく。

 後ろをついてきているはずの彼を気にして、ジュナはサイドミラーを覗いた。竜運搬車が巨体のせいで見え隠れしているものの、青いオートバイは難なく走行している。ジュナは気持ちが落ち着くのを感じて、長く息を吐いた。

「ジュナちゃん、ありがとうな。グレンをドラゴンレースに連れ戻してくれて」

 不意に、コクの柔らかい声音が耳に届いた。顔を向ければ、彼は前方を見つめながら口元を緩ませている。

「あいつは竜に乗るしかできねー天才なんだ。無愛想で人付き合いがダメ、家事もダメ、生活全般が適当、自分のことも大事にしない。どうしよーもないヤツなんだよ」

 散々な言われようである。グレンを庇おうにも否定できないものばかりで、ジュナは苦さを含んで笑う。

「どうしよーもねーから、助けたくなるんだろうなぁ」

 コクは歯を見せ、楽しそうに笑った。彼らの根底に信頼があるのだと教えてくれる表情だった。グレンは自覚した方がいい。彼が思っているよりも、ずっと周りの皆が好いていてくれることを。いつか、それが伝わればいいとジュナは願う。

「ジュナちゃんは、どうしてジュピターにグレンを? 兄貴のゴルトを死なせたんだ、普通、避けそうな気がするけどな」

 いきなり話の内容が自分へ向けられて、ジュナは身体をびくりと跳ねさせた。コクは興味津々といった様子で、こちらの反応を窺っている。別に、隠していたのでない。グレンに聞かれるのが恥ずかしいだけで。コクには運転してもらっている恩があるのだし、言って問題ないだろう。

「五年前、グレンはテレビを通して世間へ言ってくれたんです。『ゴルトは良い竜だった。ウォーディ竜牧場は悪くない』って。グレンは本当に、ゴルトを大切にしてくれた。私たちのことも信じてくれた。でも、そのせいで、グレンだけが叩かれるようになってしまって」

「んで責任感じて、誰も乗せないなら自分が乗せようって?」

 ジュナは小さく頷く。なるほどな、とコクが呟いた。

「でも、神竜賞(しんりゅうしょう)はグレンのミスが原因だって言われてたろ? いや、オレたちは何かの間違いだって思ってるけどよ。ジュナちゃんたちにとっちゃ、事情がわからないまま巻き込まれたって感覚だったんじゃねーか? グレンのこと、恨まなかったのか?」

 コクの問いに、ジュナは弾かれて彼の方へ向いた。首を横へ、大きく振る。

「絶対に、グレンのせいじゃないって思いました。だって彼は、私の」

 そこまで言って、ジュナは慌てて口を閉じた。乗り出していた身を座席へ戻し、知られたくないことまで零してしまったと狼狽する。

 言葉の奥まで気づかれませんように。そう祈りながら隣を見るが、コクは前方へ目を向けて安全運転を心がけながらも意味深長に笑んでいた。確実に気づかれている。グレンなんて足元にも及ばない鋭さだ。

「ほぉ、よりにもよって、グレンねぇ」

 コクの笑みが深く、悪戯っぽくなっていく。ジュナは俯いた。全身が熱く、顔まで真っ赤に染まっていくのを知覚する。視界の端に青い影が見えて、自然と目を向けてしまったサイドミラーに彼の姿が映り、益々と恥ずかしくなった。このまま彼に会ったら赤面してしまう。平常心を求めて、正常な呼吸を意識する。

「こう言っちゃアレだけどよー、グレンはオススメしねー物件だぜー?」

 焦る最中、ばさりと親友を斬るのが聞こえて、ジュナは唖然としてコクへ顔を向けた。柔和な表情を浮かべる彼の横顔を見つめる。

「え、オススメしないんですか?」

「だってよー。ジュナちゃん、グレンが、なんでバイクに乗ってるか知ってる?」

 思い当たらず、ジュナは首を傾げる。にい、とコクは口の片端をつり上げた。

「バイクに乗ってるヤツも『ライダー』って呼ばれるから、なんだとよ。とんだ、竜バカだろ? ジュナちゃん気をつけな、ありゃあ苦労するぜ」

 コクは腹を抱えそうなほど面白そうに笑った。あいつの頭には竜しかないのかね、と呟いて。

 サイドミラーに青いバイクが映り込む。今も、まさに『ライダー』である彼を見つめる。彼は一生懸命に首を伸ばし、なぜか竜運搬車の前方を覗こうとしていた。それが滑稽(こっけい)で、おかしくて、ジュナは紅い顔のまま笑っていた。
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