イン・ザ・パスト 7
文字数 1,491文字
グレンは、緩やかに瞼を上げた。
見慣れない、白い天井。腕を持ち上げようとして、上手く身体が機能しないことに気づく。息を吐いて、やけに生温かい。グレンは、自分がマスクを装着して鼻と口が覆われているのだと思い当たった。
思考が混乱する。ここは、どこなのか。自分は、何をしているのか。意識が覚醒していくとグレンを痛みが襲った。身体を起こそうにも力が入らない。身体中に包帯が巻いてある。思わず呻き声を上げれば、近くにいたアウルとコクが気づいて人を呼ぶ。
二人が不安と心配を織り交ぜた表情で見守っている。グレンは口を開き、問いかけようとした。上手く声が出ない。
「まだ無理だ。寝てろって」
コクがグレンの肩を押し、ベッドへ戻した。アウルが頷く。
部屋に白衣を着た男女が走り込んできた。彼と彼女はグレンの顔を見て、触り、確かめる。
「ご自分の名前は、言えますか?」
白衣の男が尋ねた。グレンは鈍く、どうにか正解を答える。
「今の状況が、わかりますか?」
グレンは小さく、首を横へ振る。
「なぜ、ここにいるのか覚えていますか?」
グレンは、もう一度、首を横へ振った。白衣の男は頷き、アウルとコクへ向き直る。
「記憶の混乱がありますね。このまま様子を見ましょう」
二人は素直に頷いた。それから白衣の男はグレンをつぶさに観察し、白衣の女に何事か伝え、連れだって退室した。
室内で静けさが満ちる。無音でなく、ボタンを押したときのような機械音が鳴っていた。それが心電図モニターから発せられる音だと知り、人工呼吸器と察したグレンは自分が病院にいるのだと理解した。
「オレたちのこと、忘れてねーよな……?」
グレンの顔を覗き込んで、泣きそうに表情を歪めたコクが訊く。隣のアウルも不安を隠せない様子だった。グレンは笑おうと口元を曲げた。大切な親友を忘れるはずがない。
「まだ、ボケてないぞ」
冗談めかして言えば、二人は感極まったかのように唇をぐっと噛み締めた。
段々と意識が覚醒してくる。徐々に記憶が戻ってくる。
今日は神竜賞 だ。グレンは相棒と共に、ドラゴンレース最大の栄誉を獲りに行く。クラウンレースの二つ目を制覇し、未だかつて誰も成したことのない偉業へ王手をかける。なのに、なぜ病院で寝ているのだろう。この怪我は、どうしたのだろう。これでは神竜賞で乗れない。そもそも、今は何時だ。神竜賞は。ゴルトは。
「ゴルトに、乗らないと」
グレンは呟いた。相棒の顔を見ないと落ち着かない。胸の奥が騒いで叫びたくなる。ゴルトに誰が乗れる。自分以外の誰が、相棒になれるのだ。
「覚えて……ないのか?」
アウルが青ざめて呟いた。コクは顔を背ける。
「なに、を?」
グレンは問い返した。悪寒のようなものが全身を駆け巡る。これ以上、先を質 してはならないと何かが教えていた。
「ほら! おまえ、疲れてんだよ! 大怪我なんだぞ? 今はさ、ちゃんと休めって!」
アウルの前へコクが割って入った。彼は大きく喋り、笑い、大振りの仕草を見せる。グレンは確信した。彼がそうやって話すときは、何かをごまかしたいときだ。
「頼む」
痛みを堪え手を伸ばし、コクの腕を掴む。彼は耐えきれないというように首を振る。グレンは手に、ありったけの力を込めた。コクの表情に苦悶が混じる。
「…………神竜賞は、終わった」
コクは、ひっそりと零した。
「ゴルトは、死んだんだ」
グレンは自分の心臓が止まったと思った。
見慣れない、白い天井。腕を持ち上げようとして、上手く身体が機能しないことに気づく。息を吐いて、やけに生温かい。グレンは、自分がマスクを装着して鼻と口が覆われているのだと思い当たった。
思考が混乱する。ここは、どこなのか。自分は、何をしているのか。意識が覚醒していくとグレンを痛みが襲った。身体を起こそうにも力が入らない。身体中に包帯が巻いてある。思わず呻き声を上げれば、近くにいたアウルとコクが気づいて人を呼ぶ。
二人が不安と心配を織り交ぜた表情で見守っている。グレンは口を開き、問いかけようとした。上手く声が出ない。
「まだ無理だ。寝てろって」
コクがグレンの肩を押し、ベッドへ戻した。アウルが頷く。
部屋に白衣を着た男女が走り込んできた。彼と彼女はグレンの顔を見て、触り、確かめる。
「ご自分の名前は、言えますか?」
白衣の男が尋ねた。グレンは鈍く、どうにか正解を答える。
「今の状況が、わかりますか?」
グレンは小さく、首を横へ振る。
「なぜ、ここにいるのか覚えていますか?」
グレンは、もう一度、首を横へ振った。白衣の男は頷き、アウルとコクへ向き直る。
「記憶の混乱がありますね。このまま様子を見ましょう」
二人は素直に頷いた。それから白衣の男はグレンをつぶさに観察し、白衣の女に何事か伝え、連れだって退室した。
室内で静けさが満ちる。無音でなく、ボタンを押したときのような機械音が鳴っていた。それが心電図モニターから発せられる音だと知り、人工呼吸器と察したグレンは自分が病院にいるのだと理解した。
「オレたちのこと、忘れてねーよな……?」
グレンの顔を覗き込んで、泣きそうに表情を歪めたコクが訊く。隣のアウルも不安を隠せない様子だった。グレンは笑おうと口元を曲げた。大切な親友を忘れるはずがない。
「まだ、ボケてないぞ」
冗談めかして言えば、二人は感極まったかのように唇をぐっと噛み締めた。
段々と意識が覚醒してくる。徐々に記憶が戻ってくる。
今日は
「ゴルトに、乗らないと」
グレンは呟いた。相棒の顔を見ないと落ち着かない。胸の奥が騒いで叫びたくなる。ゴルトに誰が乗れる。自分以外の誰が、相棒になれるのだ。
「覚えて……ないのか?」
アウルが青ざめて呟いた。コクは顔を背ける。
「なに、を?」
グレンは問い返した。悪寒のようなものが全身を駆け巡る。これ以上、先を
「ほら! おまえ、疲れてんだよ! 大怪我なんだぞ? 今はさ、ちゃんと休めって!」
アウルの前へコクが割って入った。彼は大きく喋り、笑い、大振りの仕草を見せる。グレンは確信した。彼がそうやって話すときは、何かをごまかしたいときだ。
「頼む」
痛みを堪え手を伸ばし、コクの腕を掴む。彼は耐えきれないというように首を振る。グレンは手に、ありったけの力を込めた。コクの表情に苦悶が混じる。
「…………神竜賞は、終わった」
コクは、ひっそりと零した。
「ゴルトは、死んだんだ」
グレンは自分の心臓が止まったと思った。