About a week ago.

文字数 743文字

 大凡、一週間前の出来事。
 本家村松会との些細な諍いの原因は、まずある一人の人妻にあった。
 それは村松会総本部長、茅野吉郎の妻で、小さな定食屋を営んでいた。名前は芳恵と言った。料理は特別美味しくはないが繁盛している。総本部長の妻の店だから、組員達が通わされていた。
 夫の茅野吉郎は金回りのいい男だった。特にどうという事のない男だったが、違法賭場が当たり、上納金が多い。それで出世した。ただ、よく組員を殴るので好かれてはいない。妻の芳恵もよく殴られている。だから芳恵は体の痣を隠す為に、裾の長い服を好んで着ていた。
 羊の様な女だった。あまり我がない。身の回りの出来事を起こるままに受け入れている。どうという事のない女。晴敏にとって他人の家の事情はどうでもよかったから、それを気にする事もなかった。
 その日、その定食屋で、いつもの様に鮭の塩焼き定食を注文した。すると、

「鮭定食です」

 と言いながら、芳恵は何故かうな重を出してきた。
 正直困った。晴敏はさほどうなぎが好きでもない。

「鮭にしてくれないか、そんな気分だから」

 と盆を返したが、芳恵は「食べて下さい」と受け取らない。だから仕方なく、辰雄のカツ定食と交換した。
 辰雄は能天気な性格であまり深く考えない男だから、うな重を喜んで完食した。
 完食してから、

「お願いがあるんです」

 と、芳恵が言い出した。晴敏は芳恵のその行為に内心苛立ったが、表情には出さないでいた。
 夫と離婚したいのだという。束縛の強い吉郎は芳恵の行動を常に把握しているから、書類の用意や弁護士への依頼等を代わってやってほしいと言う。その為に高価なうなぎを食わせて、断りにくくしたのだった。
 うなぎで上機嫌の辰雄は「いいよ」と快諾した。
 羊だと思っていた女は山羊でもあった。
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