The night of the thirteenth moon.
文字数 1,658文字
十三夜月が空にふわふわ揺蕩っていた日。
呼び出された晴敏は米井のセダンの、後部座席に乗っていた。
「ヤクザの義理とかじゃなくてよ、俺はもともと茅野も村松会の奴らも好きじゃないからさ。だから黙っててやってるんだ。事故の処理も示談も村松会だけで済ますように俺が手ぇ回したんだよ。警察見なかっただろ?」
米井はそう言った。即ち、一度命を救われたから今も殺さないでおく……という事ではないのだという。飽くまで米井は、自身の好き嫌いで物事を決めたと主張している。
晴敏にとって理由などはどうでもよく、あと二週間程度待っていてくれさえすればそれでよかった。
「多分今はさ」
天気予報がしばらくの晴天を約束してくれていた、夜長いくだらない秋に、
「調子がいいんだよ」
意味も無く笑える、空前の高揚感が晴敏の中に煌めいていた。流れ星みたいに。
「金は必ず用意しておけ、出来なけりゃ逃げとけ。海外にでも」
「そこがちょっと分からないんだよ。俺はな米井、別に親父が賭場を仕切ったっていいし、村松会が俺からいくら金取ったって構わない。敵対するつもりはない。破門されたって別にいいんだよ。懲役だって行ってもいい」
「怖いんだろうと思うんだよ。杉田、お前は茅野を簡単に殺したから、親も簡単に殺せるんじゃないかって思われている」
「……なんだそりゃ」
そんな筈はない。晴敏は絶対的に思う。みなし子が親を殺す事はない。燃え尽きた流れ星がまた宇宙に還るみたいな、ありえない現象なのだから。
「誤解だ、誤解だよ米井。例えばそう、なんだ。茅野は不快だったし、先に俺を殺そうとした。茅野を殺したのは、さ、何て言うか……」
「……」
「そう、自衛の為だ」
米井が、晴敏の目をじっと見た。口も僅かに開いて、何かを言いたげにして、言わずにいた。
「それを言っても、藤堂は納得しないだろう。俺はもう組を抜けてどっか行くから、出来るならもう大人しくしておけ」
「何か勘違いしてるな、俺は」
辰雄を、カタギにしようと思っていた。
「もうあんまり、野心とかないんだ」
米井の言う現実は、重い気がした。何をして、全て純粋に上手くいくばかりなものかと、また途端に不安になった。
閉じた殻の中も、星の無い広大な宇宙も、四方は暗闇。
「杉田、俺の知ってる最後の情報だ。会長と藤堂は、賭場で盃を交わす」
「何でだよ。そんなとこで」
「賭場の奴ら、元茅野の部下達だけどさ。独立したがっているんだよ。だから、村松会ははっきりと力を見せて釘刺したいのさ」
「そうか」
「これだけだ。俺の知ってる事は」
「……茅野の女がやってた店は」
「ああ、あの店はねえよ。茅野の嫁さんはもう店を潰して、田舎に帰っちまった。茅野との義理で通ってた連中がごっそりいなくなったからな。元部下達も全く行かなくなったらしい」
晴敏は、嗤った。口角も上がらない程に小さく。
「宇都宮あたりで店やってくれりゃ行けたのに」
例えば“戦争”というと大人数で、強大な命令や、高尚さで飾られた思想で統率されているのが当たり前かも知れない。
晴敏は思う。一人ぼっちで、個人的な気分で戦争する人間がいたっておかしくない。人の法にも神の法にも背くとして、それを理由に止まらないから傍迷惑でどうにも御せないだろうが、仕方ない。
面倒な事がいくつかあって、それらをスッキリさせたら不安もきっと消えるのだろう。そしたら家に帰ってテレビをつけて、子供向けの映画でも見て眠くなるまで過ごしたらいい。
空を見上げた。羊雲は集まって、山羊みたいな形になっていた。
「なあ米井、お願いがあるんだ」
「……何だよ」
「カンタの役をやってくれないか」
言われて米井は、要領を得ず疑問符を浮かべた。
「カンタって何だ?」
「名前は何でもいいんだけどさ。台詞、一つだけでいいから」
ぐちゃぐちゃに改変されている映画に、足りないシーンがまだ一つ。嫌がっていた米井だが、いざデジカメを向けるとそれなりにちゃんと台詞を叫んでくれた。
「お前んちー! お化け屋敷ー!」
辰雄と離れても、寂しくない気がした。
呼び出された晴敏は米井のセダンの、後部座席に乗っていた。
「ヤクザの義理とかじゃなくてよ、俺はもともと茅野も村松会の奴らも好きじゃないからさ。だから黙っててやってるんだ。事故の処理も示談も村松会だけで済ますように俺が手ぇ回したんだよ。警察見なかっただろ?」
米井はそう言った。即ち、一度命を救われたから今も殺さないでおく……という事ではないのだという。飽くまで米井は、自身の好き嫌いで物事を決めたと主張している。
晴敏にとって理由などはどうでもよく、あと二週間程度待っていてくれさえすればそれでよかった。
「多分今はさ」
天気予報がしばらくの晴天を約束してくれていた、夜長いくだらない秋に、
「調子がいいんだよ」
意味も無く笑える、空前の高揚感が晴敏の中に煌めいていた。流れ星みたいに。
「金は必ず用意しておけ、出来なけりゃ逃げとけ。海外にでも」
「そこがちょっと分からないんだよ。俺はな米井、別に親父が賭場を仕切ったっていいし、村松会が俺からいくら金取ったって構わない。敵対するつもりはない。破門されたって別にいいんだよ。懲役だって行ってもいい」
「怖いんだろうと思うんだよ。杉田、お前は茅野を簡単に殺したから、親も簡単に殺せるんじゃないかって思われている」
「……なんだそりゃ」
そんな筈はない。晴敏は絶対的に思う。みなし子が親を殺す事はない。燃え尽きた流れ星がまた宇宙に還るみたいな、ありえない現象なのだから。
「誤解だ、誤解だよ米井。例えばそう、なんだ。茅野は不快だったし、先に俺を殺そうとした。茅野を殺したのは、さ、何て言うか……」
「……」
「そう、自衛の為だ」
米井が、晴敏の目をじっと見た。口も僅かに開いて、何かを言いたげにして、言わずにいた。
「それを言っても、藤堂は納得しないだろう。俺はもう組を抜けてどっか行くから、出来るならもう大人しくしておけ」
「何か勘違いしてるな、俺は」
辰雄を、カタギにしようと思っていた。
「もうあんまり、野心とかないんだ」
米井の言う現実は、重い気がした。何をして、全て純粋に上手くいくばかりなものかと、また途端に不安になった。
閉じた殻の中も、星の無い広大な宇宙も、四方は暗闇。
「杉田、俺の知ってる最後の情報だ。会長と藤堂は、賭場で盃を交わす」
「何でだよ。そんなとこで」
「賭場の奴ら、元茅野の部下達だけどさ。独立したがっているんだよ。だから、村松会ははっきりと力を見せて釘刺したいのさ」
「そうか」
「これだけだ。俺の知ってる事は」
「……茅野の女がやってた店は」
「ああ、あの店はねえよ。茅野の嫁さんはもう店を潰して、田舎に帰っちまった。茅野との義理で通ってた連中がごっそりいなくなったからな。元部下達も全く行かなくなったらしい」
晴敏は、嗤った。口角も上がらない程に小さく。
「宇都宮あたりで店やってくれりゃ行けたのに」
例えば“戦争”というと大人数で、強大な命令や、高尚さで飾られた思想で統率されているのが当たり前かも知れない。
晴敏は思う。一人ぼっちで、個人的な気分で戦争する人間がいたっておかしくない。人の法にも神の法にも背くとして、それを理由に止まらないから傍迷惑でどうにも御せないだろうが、仕方ない。
面倒な事がいくつかあって、それらをスッキリさせたら不安もきっと消えるのだろう。そしたら家に帰ってテレビをつけて、子供向けの映画でも見て眠くなるまで過ごしたらいい。
空を見上げた。羊雲は集まって、山羊みたいな形になっていた。
「なあ米井、お願いがあるんだ」
「……何だよ」
「カンタの役をやってくれないか」
言われて米井は、要領を得ず疑問符を浮かべた。
「カンタって何だ?」
「名前は何でもいいんだけどさ。台詞、一つだけでいいから」
ぐちゃぐちゃに改変されている映画に、足りないシーンがまだ一つ。嫌がっていた米井だが、いざデジカメを向けるとそれなりにちゃんと台詞を叫んでくれた。
「お前んちー! お化け屋敷ー!」
辰雄と離れても、寂しくない気がした。