The next morning

文字数 1,330文字

 翌朝、玄関を叩く音で目が覚めた。木造家屋の木製玄関は中途半端にガラスが嵌められ、造りが甘いからノックが妙に耳障りな音になる。

「はーい」

 警戒した晴敏に代わり辰雄が応対した。人影映る玄関を、何の躊躇いもなく開いた。
 老人がいた。
 見覚えがあった。道を走ると時折座って見ている、幾人かいるそんな老人の一人。

「何ですか?」

「あー……」

 晴敏は辰雄の後ろから老人を見たが、武器など持っていない。殺気もない。ヒットマンではない。

「お兄ちゃん達、ちょっと聞きたい事があるんだけんどな」

「はぁ」

「仕事は何してるんかと思ってな」

「え、仕事は……」

 辰雄が返答に困り、助けを求めて後ろを向いた。晴敏は目が合って、ハァ、と溜息を吐いた。それから自身も玄関へと行った。左手を後ろに回して、詰めた小指を隠した。

「……こんにちは」

「あーここは男二人で住んどるんか?」

「そうです、他に誰もいません」

 中に上げたくはない。老人とはいえ、栽培している植物を見て大麻と気付くかも知れない。

「それで、仕事は何しとるんかね」

「あー……」

 晴敏もまた、返す言葉を考えてなかった。これでは辰雄と同じで頼りないと考え、必死で言い繕う言葉を探した。そこで、辰雄の持っていたスマホを思い出した。

「ネット、ネットです。スマホで仕事してますよ。電波があれば何処でも出来る仕事でね」

「ネット? ネットで何するんだい」

 老人相手だからネットと言ったが、今どきネットくらい年寄りだって使う。晴敏は迂闊と思った。とすればもっと最新の何かで煙に巻く方が良い。晴敏は、今度は辰雄のデジカメを思い出した。

「あー、動画撮ってるんです。ユーチューブって知ってます? まあ大した稼ぎじゃないですけど」

「何の動画だい?」

「何の……って」

 必死で聞きかじった新しい言葉を使う晴敏。随分突っ込んでくるな、と思った。犯罪を疑われているのだと身構えた。しかし、老人が続けた言葉は意外なものだった。

「昨日な、うちにスーツの男が来て電話借りてったんだけどな。どうもあんたんとこと喧嘩したとか言うんだよ。脚も怪我しててな」

「あー……」

 考えてみれば、持ち物を取り上げられたのなら何処かで電話を借りれば済む話だ。大人でも子供でも普通そうする。

「喧嘩しましたね」

「何してんのとは教えてくれなくてな。そんで来たわけなんだけども。動画撮ってて喧嘩するんかい?」

「それは……方向性の違いもあって」

「何の動画だい」

 訊かれても、晴敏だって知らない。ユーチューブとやらも名前を知っているだけで見ていない。テレビのニュースや、若い衆の話によく出てくる単語というだけに過ぎない。
 だから晴敏は会話を自分の土俵に戻そうと、もっとよく知っている単語を頭の中で探した。

「トトロです、となりのトトロ」

 口から出たのは、そんなタイトルだった。隣で、辰雄が笑いを堪えているのが分かった。

「映画かい」

「自主制作映画で、ネットで配信するんです。田舎で丁度いいんで」

「そうかい。そんならいいんだけどな。喧嘩したからって追い出すのはやりすぎだわね。ほい」

 老人が、晴敏に手のひらを見せた。

「?」

「タクシー代貸したんだよ。あんた達から返してもらえって言われてな」

 晴敏は、苦笑いをした。
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