Four years ago.
文字数 1,821文字
四年前。
人拐い日和の霧の日。
まだ「成り上がろう」とか少しは頭に残っていた晴敏は、藤堂組長に言われて箱ヘル風俗の経営者を待ち伏せした。
そこは郊外の住宅街の外れで、風俗店の営業許可は下りない地域。違法だったが売上が大きかった。家出少女なんかを騙して借金とドラッグ漬けにして無理やり働かせていた。
トラブルがあっても警察には頼れないから店だから、藤堂組がみかじめ料を貰って用心棒などをやっていた。月五十万、それでもすぐ駆けつけられるように若い衆を近くに住まわせたりして、割に合わなかった。
「六十五、払え」
晴敏はそう伝えていた。経営者の石山とかいう男は毎回、「へぇ、へぇ」と気の抜けた返事をしながらも払おうとはしなかった。六十五万を要求されてから四ヶ月間、五十万だけを払っていた。
言葉で脅しても効果無く、仕方ないから晴敏は嫌がらせをした。
若い衆を向かわせて迷惑客として暴れさせてみた。それからお守りのヤクザが現れて解決する、という自作自演で必要性をアピールする。大概、虚しい策略だった。
それも始めは上手く行っていたが、何度目かの時に向かわせた若い衆が「別の組と出くわした」と報告してきた。石山は用心棒を鞍替えしたのだった。
それから程なくして石山は、
「もう必要ない、払わない」
などとも言い出した。
そうなると藤堂組としては面白くない。他のみかじめ料取ってる店にも示しがつかなくなり、組の収入も減りかねなかった。
「舐められちゃあいけねえな」
藤堂にもそんな任侠っぽいところがまだ残っていたから、みせしめに石山を痛めつける事を晴敏に命じた。
(どうせ、女をクスリ漬けにして非合法で働かせてるような男だ)
晴敏はそう思う事で、良心の枷を外した。
真夜中、帰宅する石山を尾けて人気の無い場所で捕まえて、ハイエースの後部座席に押し込んだ。
霧烟る鬱蒼の山森に連れ込んで、地面に転がして、数人のヤクザが殴ったり蹴ったりしてやった。濡れた草木に囲まれて泥だらけに汚れた石山は、「痛い、痛い」と何かされる度に大仰に騒いだ。
「払う、払うから」
そう言っていた。気がする。
それはそうとして地面で蹲って亀になる石山は蹴られ続けた。
最初に折れたのは右腕の上腕の骨で、それを痛がって横に転げたから腹が見え、そこはよく狙って蹴られた。
そうなるともう何でもよくなって、子供が死にかけたカエルを嬲るような、医学者が磔たカエルを解剖するような、そんな相手の痛みを共感出来ないサマになって、真夜中みんな徹夜状態だから頭も鈍って単調な事しか出来なくなって、行為は終わり時を見失った。
石山が口から血を吐いた時にそれが肺からのものか胃からのものかを晴敏はぼんやり考えて、考えたとしても分からず、分からないまま夜が明けるまで暴力は続き、飽きてダレても止めもしない。
その時石山はまだ生きていた。息があった。命があった。それは問題だった。
この後非合法の医者に見せて延命させたところで、その後も恒久的な治療が必要となる状態。何年も何十年も生命維持装置に繋がれる。としたらそんな無駄金払えないし、面倒だった。
「埋めるか」
――そうだな、自分で片付けないと。
大人なんだから。自分で散らかしたのなら、自分で片付けないとならない。
子供の頃は自由で庇護もあって、みんな助けてくれた。殴り返されて転げ落ちて動かなくなった教師は、放っておけば「片付け係」の大人が来て綺麗さっぱり片付けてくれた。
自分はただ家に帰って夜になればテレビで映画でも見て、眠くなったら寝ればいい。あとはそんなマヌケな教師の事など忘れて普通の大人を目指して成長すれば、ただそれだけの幸せなカタギになれた。
「杉田さん?」
あの映画は良かったな、と思っていた。あの日見た映画は優しい映画だった。森の妖精さんが、一緒に遊んでくれる映画。大人になったらきっと見えなくなるその妖精さんは、ただ優しいだけの幸せな存在だった。
「朝、だな」
東の空は確かに白んでいるが、太陽が見えない。
霧は雨に裂かれていた。
石山は泥に埋もれた。
晴敏は、夜明けが必ずしも明るくはない事を知った。
「何もないですねー酷いド田舎に来ちゃいましたよこれは」
辰雄が言った。
「まあいいだろ。どうせ暇してるんだから、山降りるまで走りゃいい。福島まで行きゃ街もあるさ」
「それはそうなんスけど腹減りましたよもう」
「我慢しろ」
大人なんだから。
人拐い日和の霧の日。
まだ「成り上がろう」とか少しは頭に残っていた晴敏は、藤堂組長に言われて箱ヘル風俗の経営者を待ち伏せした。
そこは郊外の住宅街の外れで、風俗店の営業許可は下りない地域。違法だったが売上が大きかった。家出少女なんかを騙して借金とドラッグ漬けにして無理やり働かせていた。
トラブルがあっても警察には頼れないから店だから、藤堂組がみかじめ料を貰って用心棒などをやっていた。月五十万、それでもすぐ駆けつけられるように若い衆を近くに住まわせたりして、割に合わなかった。
「六十五、払え」
晴敏はそう伝えていた。経営者の石山とかいう男は毎回、「へぇ、へぇ」と気の抜けた返事をしながらも払おうとはしなかった。六十五万を要求されてから四ヶ月間、五十万だけを払っていた。
言葉で脅しても効果無く、仕方ないから晴敏は嫌がらせをした。
若い衆を向かわせて迷惑客として暴れさせてみた。それからお守りのヤクザが現れて解決する、という自作自演で必要性をアピールする。大概、虚しい策略だった。
それも始めは上手く行っていたが、何度目かの時に向かわせた若い衆が「別の組と出くわした」と報告してきた。石山は用心棒を鞍替えしたのだった。
それから程なくして石山は、
「もう必要ない、払わない」
などとも言い出した。
そうなると藤堂組としては面白くない。他のみかじめ料取ってる店にも示しがつかなくなり、組の収入も減りかねなかった。
「舐められちゃあいけねえな」
藤堂にもそんな任侠っぽいところがまだ残っていたから、みせしめに石山を痛めつける事を晴敏に命じた。
(どうせ、女をクスリ漬けにして非合法で働かせてるような男だ)
晴敏はそう思う事で、良心の枷を外した。
真夜中、帰宅する石山を尾けて人気の無い場所で捕まえて、ハイエースの後部座席に押し込んだ。
霧烟る鬱蒼の山森に連れ込んで、地面に転がして、数人のヤクザが殴ったり蹴ったりしてやった。濡れた草木に囲まれて泥だらけに汚れた石山は、「痛い、痛い」と何かされる度に大仰に騒いだ。
「払う、払うから」
そう言っていた。気がする。
それはそうとして地面で蹲って亀になる石山は蹴られ続けた。
最初に折れたのは右腕の上腕の骨で、それを痛がって横に転げたから腹が見え、そこはよく狙って蹴られた。
そうなるともう何でもよくなって、子供が死にかけたカエルを嬲るような、医学者が磔たカエルを解剖するような、そんな相手の痛みを共感出来ないサマになって、真夜中みんな徹夜状態だから頭も鈍って単調な事しか出来なくなって、行為は終わり時を見失った。
石山が口から血を吐いた時にそれが肺からのものか胃からのものかを晴敏はぼんやり考えて、考えたとしても分からず、分からないまま夜が明けるまで暴力は続き、飽きてダレても止めもしない。
その時石山はまだ生きていた。息があった。命があった。それは問題だった。
この後非合法の医者に見せて延命させたところで、その後も恒久的な治療が必要となる状態。何年も何十年も生命維持装置に繋がれる。としたらそんな無駄金払えないし、面倒だった。
「埋めるか」
――そうだな、自分で片付けないと。
大人なんだから。自分で散らかしたのなら、自分で片付けないとならない。
子供の頃は自由で庇護もあって、みんな助けてくれた。殴り返されて転げ落ちて動かなくなった教師は、放っておけば「片付け係」の大人が来て綺麗さっぱり片付けてくれた。
自分はただ家に帰って夜になればテレビで映画でも見て、眠くなったら寝ればいい。あとはそんなマヌケな教師の事など忘れて普通の大人を目指して成長すれば、ただそれだけの幸せなカタギになれた。
「杉田さん?」
あの映画は良かったな、と思っていた。あの日見た映画は優しい映画だった。森の妖精さんが、一緒に遊んでくれる映画。大人になったらきっと見えなくなるその妖精さんは、ただ優しいだけの幸せな存在だった。
「朝、だな」
東の空は確かに白んでいるが、太陽が見えない。
霧は雨に裂かれていた。
石山は泥に埋もれた。
晴敏は、夜明けが必ずしも明るくはない事を知った。
「何もないですねー酷いド田舎に来ちゃいましたよこれは」
辰雄が言った。
「まあいいだろ。どうせ暇してるんだから、山降りるまで走りゃいい。福島まで行きゃ街もあるさ」
「それはそうなんスけど腹減りましたよもう」
「我慢しろ」
大人なんだから。