Todo is highly ambitious.

文字数 1,392文字


 藤堂組長は上昇志向が強い。
 村松会系の二次組織である藤堂組を率い、人望はなくもない程度。違法大麻栽培で金を作りそれなりに存在感を放ってはいたが、ガサ入れに怯え処分した。
 晴敏はこの親の為に死のうとは思えなかった。あの時臆病にならずに大麻栽培を続けていれば、今頃は村松会のいいポストになれていた。肝の据わっていない男。賭場を続けた茅野の方が、まだ極道だった。
 それでも嫌われないように、顔色を伺っている。
 翌日組の事務所に顔を出した晴敏に、藤堂は、

「本家が怒っている」

 そう告げた。

「そうですか。茅野のシマをあげればいいんでしょう?」

「そんな程度じゃ済まん」

 茅野は一応、村松会の総本部長。メンツもあるのだろうが、腑に落ちない。

「済むでしょうに。親父が賭場をせしめたいのは知ってますけど、本家と喧嘩してまで取るもんでもないですよ」

 伺っていた藤堂の顔色は、少し、赤い。

「……小指持ってけ」

「……」

「前に、本家の奴がウチの乾燥大麻横流ししただろ? 雑なやり方で警察にも目をつけられた。そん時、本家は小指と五千万円持ってきてそれで手打ちって事で収めてくれたんだ」

 主力のシノギを潰され、五千万円じゃ割に合わない。何かを隠しているのだろう。
 とすればそれはきっと「地位」であり、それを約束してもらったのだろう。ポストに空きが出ればそこへ納まれると。茅野が死んで村松会の総本部長が空いた。それが目の前にあるのなら、この男は何処までだって狡猾になれる。
 そんな親の顔を見て多少の殺意も持ったが、それに身を任せる程には晴敏は若くなかった。
 ただ、失望して、それ以上何も言葉を交わさず事務所の給湯室へと向かった。俯いて歩くと、劣化してひび割れた床が醜くて、前に向き直した。給湯室の電気を点けると、蛍光灯はニ度、明滅してから、光を安定させた。

 紐で絞めて小指を詰めた。まな板の上で、左手と左手薬指の指先が分かたれた。
 思っていたより、痛みが強い。血を止めて神経を圧迫させれば痛くないなどとも聞いていたが、嘘だった。
 血は、しかし、よく流れた。ズキンズキンと脈動する痛覚とサラサラ広がる血溜まりが、六月の物憂げな梅雨に跳ねるカエルの様で、その赤さは艶めく両生類の背に反射する夕陽にも思えた。
 まな板の上に、跳ねるに跳ねられないカエルが、赤く広がるから昔の理科の授業なんかを思い出して、解剖途中の小指などに思い馳せて、少し、浸った。モノクロの記憶の中で赤は確かに赤だった。
 懐かしい。ノスタルジー。校舎の中、瞬間的には確かに年齢相応の子供で、それは教師に殴られる前で、殴り返してしまう前。
 そうして騒がしい声が聞こえた気がしているうちに、いつの間にか辰雄が勝手に止血してくれていた。

「痛くないんですか兄貴!」

「いや、すごく痛いよ」

 それから二、三日、無気力に無為に過ごしてから、辰雄も連れて本家に行った。
 途中花屋で白の胡蝶蘭を買って、炉端の雑草を二、三束一緒に包んだ。
 指を見せたら本家は許してくれた。しかし条件を付けられた。やはり金も必要だという。
 額は五千万円だった。払えなければ報復せざるを得ないなどと言っていた。
 組に戻った晴敏は、藤堂の顔色を見て、報復の可能性は伏せて報告した。

「本家の機嫌を取りなせ。できなきゃ破門だ」

 ――いいよ、破門で。

 とは、言わずにいた。
 猶予は、三ヶ月くれた。
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