The policy has already been decided,
文字数 1,531文字
「村松会の方針はもう決まってるんだ、お前等はもう邪魔でしかないんだよ。茅野を殺したお前等に責任を取らせて手打ちして、藤堂が賭場を管理しながら茅野以上の上がりを納めてそれで全部丸く収まるんだ。藤堂は会長から兄弟盃で、若中から一気に直参の総本部長に昇格だ。それだけだ……もう知ってる事はない。いいだろ、帰らせてくれ」
男は確かに村松会の組員で、米井と名乗った。それなりに事情を知っている立場の人間だった。だから晴敏にとって、例えば小虫の様に思えた。
「帰らせてくれ」
と言った。晴敏は軽く平手打ちをした。椅子に縛られている男は、何をされても殴り返せない。
晴敏はすぐに自分の行為を嫌悪した。この男をどう処理すべきか悩んでいた。ここで今解放して、脚を怪我したままで都内にまで帰れるだろうか。財布も携帯も没収している。
今更何だという事もないのに、もう泥だらけなのにまだ泥沼を避けたがっているみたいに、傍から見れば間怠っこしい四十の男。何の顔色を伺っているのかも、晴敏はよく分からなくなってきた。
思えば最初は些細な諍いから始まっていた。
解剖したカエルの心臓が動いていたから生かして返そう、と教師に言った。教師はジエチルエーテルの麻酔が効いているうちに命を終わらせて、感謝して丁寧に供養しようと言った。「でも」と言い返した。「だけど」と否定された。
「だからお前は成績が悪いんだ」
と言われて、自分はただ始めからこの教師が嫌いで、だからただつっかかってるだけだと気付いた。カエルなんて本当はどうでも良かった。
「みなし子だから馬鹿なのか」
と言われてまだ晴敏は殺意を抱いてはいなかった。
授業が終わり片付けが終わり、生徒達が実習室から教室へと戻り教師も職員室へと向かう時。後を追って階段の踊り場。
「取り消して下さい」
大切な事を思い出した。モノクロの記憶の中、カエルなんてどうでもよかったという事。死んだか生きてたかも、覚えていないくらい些末な出来事。
「みなし子だから馬鹿だって言葉、取り消して下さい。そして謝って下さい」
「馬鹿じゃね―かお前、実際。とっとと教室に戻れ」
「謝れ!」
殴られた。だから、殴り返した。
「殺さないんですか?」
辰雄が訊いた。
「死体の処理をどうするか考えている。埋めりゃいいんだが、人目にはつきたくない。どうもこの辺の年寄り達、余所者の俺等を見てやがる」
死体は腐ると、悪臭を放つ。それは言い繕えない程に強烈で、通報するには十分な理由になる。そうすれば育ち始めたこの大麻も無駄になる。
晴敏は思考の中で、警察を想う。“捕まってもいい”という言い訳もした筈であり、芽を出した大麻も言い訳に使っている。カエルの命なんて、どうでもいい。
「逃がすか」
「それはマズいんじゃないですか。チクられますよ、この場所」
「大麻が育ってるって、報告してもらう」
「話聞いてなかったんですか兄貴、手打ちはもう金の問題じゃないんですよ」
「知っているよ、知っている。だからこいつが村松会に戻って……上手く、説明してくれてそれ
で何とかしてくれるように……どうだろう、脅すのは」
「? どういう事ですか。殺しましょうよ、俺がやりますよ」
「いや駄目だ」
カタギに戻れなくなる。
「殺すなら俺がやる。辰雄は」
スコップで、遺体を埋めるのは
「そのままでいい」
疲れる。
だから結局は「この場所を誰かに言ったら必ず殺す」と平凡な脅しを繰り返しかけて、米井を解放した。晴敏が願うのは、徒歩で帰るこの男が何処かで事故に遭って死ぬ事だった。それなら自分の心を誤魔化せた。
一車線の県道。歩いて帰る男を見送る。その前途は凶兆の様に、厚く曇天だった。
以降晴敏と辰雄は、食事を福島方面以外で探す事にした。
男は確かに村松会の組員で、米井と名乗った。それなりに事情を知っている立場の人間だった。だから晴敏にとって、例えば小虫の様に思えた。
「帰らせてくれ」
と言った。晴敏は軽く平手打ちをした。椅子に縛られている男は、何をされても殴り返せない。
晴敏はすぐに自分の行為を嫌悪した。この男をどう処理すべきか悩んでいた。ここで今解放して、脚を怪我したままで都内にまで帰れるだろうか。財布も携帯も没収している。
今更何だという事もないのに、もう泥だらけなのにまだ泥沼を避けたがっているみたいに、傍から見れば間怠っこしい四十の男。何の顔色を伺っているのかも、晴敏はよく分からなくなってきた。
思えば最初は些細な諍いから始まっていた。
解剖したカエルの心臓が動いていたから生かして返そう、と教師に言った。教師はジエチルエーテルの麻酔が効いているうちに命を終わらせて、感謝して丁寧に供養しようと言った。「でも」と言い返した。「だけど」と否定された。
「だからお前は成績が悪いんだ」
と言われて、自分はただ始めからこの教師が嫌いで、だからただつっかかってるだけだと気付いた。カエルなんて本当はどうでも良かった。
「みなし子だから馬鹿なのか」
と言われてまだ晴敏は殺意を抱いてはいなかった。
授業が終わり片付けが終わり、生徒達が実習室から教室へと戻り教師も職員室へと向かう時。後を追って階段の踊り場。
「取り消して下さい」
大切な事を思い出した。モノクロの記憶の中、カエルなんてどうでもよかったという事。死んだか生きてたかも、覚えていないくらい些末な出来事。
「みなし子だから馬鹿だって言葉、取り消して下さい。そして謝って下さい」
「馬鹿じゃね―かお前、実際。とっとと教室に戻れ」
「謝れ!」
殴られた。だから、殴り返した。
「殺さないんですか?」
辰雄が訊いた。
「死体の処理をどうするか考えている。埋めりゃいいんだが、人目にはつきたくない。どうもこの辺の年寄り達、余所者の俺等を見てやがる」
死体は腐ると、悪臭を放つ。それは言い繕えない程に強烈で、通報するには十分な理由になる。そうすれば育ち始めたこの大麻も無駄になる。
晴敏は思考の中で、警察を想う。“捕まってもいい”という言い訳もした筈であり、芽を出した大麻も言い訳に使っている。カエルの命なんて、どうでもいい。
「逃がすか」
「それはマズいんじゃないですか。チクられますよ、この場所」
「大麻が育ってるって、報告してもらう」
「話聞いてなかったんですか兄貴、手打ちはもう金の問題じゃないんですよ」
「知っているよ、知っている。だからこいつが村松会に戻って……上手く、説明してくれてそれ
で何とかしてくれるように……どうだろう、脅すのは」
「? どういう事ですか。殺しましょうよ、俺がやりますよ」
「いや駄目だ」
カタギに戻れなくなる。
「殺すなら俺がやる。辰雄は」
スコップで、遺体を埋めるのは
「そのままでいい」
疲れる。
だから結局は「この場所を誰かに言ったら必ず殺す」と平凡な脅しを繰り返しかけて、米井を解放した。晴敏が願うのは、徒歩で帰るこの男が何処かで事故に遭って死ぬ事だった。それなら自分の心を誤魔化せた。
一車線の県道。歩いて帰る男を見送る。その前途は凶兆の様に、厚く曇天だった。
以降晴敏と辰雄は、食事を福島方面以外で探す事にした。