So as not to be suspected,

文字数 1,677文字

「疑われないように、一応な」

 という事で、その日から空いた時間で撮影のフリを始めた。
 ただ歩いているだけの姿を撮したり、トトロのぬいぐるみを縁石に置いてみたり、町の人が見ているところを狙ってわざとらしく撮影をした。
 撮影と言ってもただデジカメに録画をしているだけで、ストーリーは考えていない。しかし大麻は手もかからず育ち、食事にも時間をかけなくなったから撮影の時間は自然と長くなった。
 操作も覚えた。晴敏はもう拡大も縮小も出来る。手ブレを抑えたりフィルターもかけられる。若い辰雄は何かと機能を教えたがり、晴敏は嫌でもデジカメに詳しくなる。

「これでピントをパンフォーカスにするんですよ」

 また、辰雄は聞き慣れない単語を言う。

「トトロをここに置いて、兄貴はちょっとそこで待ってて下さい」

 辰雄はぬいぐるみを人家の塀の上に置いた。それを撮りながら何か操作をする。

「ほら、これ見てくださいよ」

 言われて液晶を見ると、遠くにある錆びたバスと、手前のトトロが同じ大きさに見えていた。ピントが双方に合っているからそう見えるのだという。遠近感が消える手法らしい。
 見慣れない画面、晴敏にとっては新鮮な技法。デジカメとは便利なものだと感動すらした。となると、思いついた事を試したくもなってくる。

「辰雄、ちょっとあのバスの前に行ってみてくれ」

「あそこへ?」

 言われた通りに辰雄はバスの前にまで行き、手を振った。

「ここですかー?」

「ああ。そこでさ、なんかこう……腕を広げてさ、抱きつくような感じやってみてくれ」

「こうスか?」

「そう!」

 思わず晴敏は声を上げてしまった。それくらい、狙った通りの画になった。
 トトロに抱きつく辰雄の画。まるで巨大なぬいぐるみか、或いは小さな辰雄に見える。ともかく人間と同じ大きさのトトロが、同じ世界で、生きている。カラーの液晶の中にいた。不思議な出会いが確かにそこにある。
 しかし遠近は誤魔化せたがまだ両腕がぬいぐるみの陰に隠れている。完全に抱きついているようには見えない。

「ちょっと変えよう。やっぱ、下から見上げる感じにしてくれ」

 若干立ち位置を変えてぬいぐるみと辰雄の見た目の位置を離し、見つめ合うような構図にして映す。すると違和感は大きく減った。
 悪くないシーンだった。辰雄とトトロが巡り合う、運命的なシーン。
 戻ってきた辰雄に画面を見せて、その数秒を再生する。

「ここでトトロと出会って、あとはなんだかんだ遊んだりしたらそれっぽいだろ」

「でもそれするなら、CGとか必要じゃないですか」

「そんな大げさなもんいらないだろ。適当に映せば」

「どっちにしても編集するにはパソコンも必要ですし」

「じゃあ買うか」

 辰雄は「え」と声を出して驚いた顔を見せた。晴敏が撮影に乗り気じゃないと思っていたから、意外だった。

「買うんですか」

「どうせ暇だろ」

「そうですけど、お金は」

「いいんだよ」

 大麻があれば、金は作れる。その金は意味を持たない可能性もある。
 しかし植物を育てたり、デジカメを回したりしている辰雄を見ているとカタギのようだったから、そういう人間のままであってもらおうと思った。
 解放した村松会の米井の事は頭の隅に残り続けていた。米井は仲間の仇を取ろうとするのか、助命してくれた晴敏に恩を感じるのか、どちらの義理を選ぶかが重要な問題としてある。考えるにそれは晴敏と辰雄にとって、ヤクザ世界と結ばれた呪いの様な絆。

 翌朝には車で宇都宮にまで下りて、電器屋で店員に言われるがままに過剰なスペックのノートパソコンを買った。辰雄のデジカメよりも高価だった。ところが晴敏はそのようなコンピュータには触れた事がない。スマホも難しそうだからずっとガラケーを使っているような男で、つまり古い男だった。
 となるとパソコンは辰雄に押し付けられた。若い辰雄は、多少覚えがある。

「ネットですけど」

「繋げるのか? 業者呼ばなきゃな。工事すんだろ?」

「いや、俺のスマホでWifiテザリングしますよ。兄貴も使いますか」

「……いや」

 話が噛み合わない。晴敏は潔く、辰雄に全てを任せた。
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