In the deep mountains.

文字数 1,496文字

 深い山の中にまで来た。結局は、辰雄の運転でずっと走り続けた。
 他の地域から隔絶されたような山間にある小さな町は、空き家と荒れた田畑ばかりの寂れた町。建物の殆どが築年数数十年を超え、昭和のままの汚れと埃を残している。打ち捨てられて錆たバスの前に老人が座り、小綺麗なダイハツタントを物珍しげに目で追っていた。
 余所者を追い出す気力も、受け入れる気力ももう無いのだろう。そんな無関心さが、都合良い。
 大麻を育てる。晴敏にはそれしか思い付かないし、それに対する躊躇いも持っていない。大切なのは金を作る事。
 適当な空き家を見繕って安値で即日借りた。不動産屋は明らかに訝しんでいたが押し通した。

「二人で暮らすんです」

 辰雄が言ったその言葉が、何か勘違いされたのかも知れない。あまり深入りされなかった。
 借りた木造の平屋を当分の寝床に決めた。土地は余っているのか、105坪の4LDK。20畳を超えるリビングと8畳の洋間と和室が二部屋ずつ。
 家の前には一車線の県道。傾いた道祖神と古びた標識。向かいには荒れ地、その向こうには青い山、点在する民家に雲の多い空。それが目に映る全て。隣家とは、40メートルは離れている。
 車の後部座席から無理に積んだ機材と、大麻の親株を家に運び込んだ。
 大麻は成長が早く、株分けで増やせば三ヶ月とかからず売り物にはなる。グラム五千円と計算して10キロ作ればいい。足りなかったとしても、一定以上の金を見せれば許されるかも知れない。
 LED照明を使った室内栽培だからバレにくいだろうし、もしバレて警察に厄介になるとすれば、それはそれで安全が確保出来る。

(その間に戦争になって、親父が殺されてくれればいい)

 組がなくなって、出所する頃にはヤクザだった事も有耶無耶になって、カタギに戻れたりしたらそれでもよかった。正直な気持ちを言えば、破門を望んでいる。

 丸二日かけて、栽培の体制を整えた。リビングの半分と二つの洋間を栽培の為の部屋にした。そのうち麻の葉で埋まる事を考えると、犯罪でありながらも達成目標であり生きる楽しみにもなりそうだった。
 知り合いの居ない土地だが取り敢えず辰雄がいる、話し相手には困らない。一人でお化けを夢想する必要もない。そう思うと、子供の頃の家よりも住みやすい気がした。
 しかし、時間は急速には進まない。室温計と湿度計を眺めていたって退屈だし、見ていたって大麻の芽は出てこない。
 最後にLED照明をセットして設置は終了。晴敏と辰雄は一仕事終えて気怠く床に座り、何も話さずにいた。辰雄はスマホを見ているがそれもあまり熱心ではなく、画面をつけたり消したりしている。
 窓から、夕日が差し込んで、カーテンをかけていない事を思い出したが、立ち上がって動く気もせず、晴敏はじっと何もない床の木目なんかを意味も無く見ていた。
 腹が減った。コンビニ飯以来は二日間ずっとカップ麺だったからか、晴敏はもう少し身のあるものが食べたくなった。
 詰めた小指を、二度三度曲げて、そしたら腹の虫が鳴って、それでようやく、立ち上がった。

「辰雄、飯に行こう」

「飯ッスか?」

 その誘いが意外に思えたのか、辰雄は目を丸くしていた。

「食いもん屋なんかあるんスか?」

「知らんけど、どっかにあるだろ」

 隣の荒れ地に置いていた車に乗って、敢えて山の方向へと走った。
 店は無かった。だからずっと山の中を奥へ奥へと進んで行ってしまった。
 森は蒼さを増しやがて日は沈み、雨でもないのにフロントガラスに水滴がつく程に湿気ている。
 落石注意の標識が錆びて曲がっている。ガードレールも、歪んでいた。小指のように歪に。
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